こんにちは(*^^*)
冒険ライフNAOです。
6月はじめに、世界中から人が集まる教会で
自分の弱さとか
闇とかを話す大きな恵みの機会を頂き
50人ほど(もっといたかな?)の前で
15分ほどお話させて頂きました。
ありがたいことに
弱さも闇も
怒りや淋しさも
「あっていい」「あるのがあたりまえ」の
土台がある空間で、
私が話した内容が
聞く人、受けとる人によって
こんなにも
それぞれの視点
捉え方があって
ほっとしたのと、
おもしろいな~と
感じた経験により
だから私は
私でいいんだ( ・∇・)と
よりスッキリ、ハッキリ
自覚しました。
光も、闇も
本物も、ニセモノも
前進も、停滞も、
高いも、低いも
有るも、無いも
希望も、絶望も
陽も、陰も
全部私のなかにある。
ニセモノだと
誰かを指をさす君は
100%ホンモノなのか?
両方あるよね。
誰にでも。
負の部分を排除したり
嫌ったり
なかったことにしたり
ブロック解除したり
もう、うんざり。
話を戻して、
数週間経った昨日、
久しぶりに教会に行ったのですが
先日傍聴席?にいらした
仙台の女性が
たった15分話した私を
気にかけてくださったそうで
なんと
私のために
本をプレゼントしてくださいました。

私の話を聞き
「瞬間、瞬間、生きる」
って、言葉がうかんだそう。
そして、
詩集と、その詩人の新聞の記事をコピーしたものと
ポストカード2枚
手渡してくださいました。
すごく、嬉しかったです。ありがとうございます<(_ _)>
その詩集の世界は、
時々、「知っている」ように感じられる世界でもあり
まだ訪れたことのない「知らない」世界のようにも思え、
言葉一つで、その世界にぐわりと引っ張られ、
一瞬でその世界のなかにいるようで、
この世界には、
本当に沢山の世界があるということに
気づかされ
からだ全部で、微細な振動を感じました。
詩の、最後のひとことが終わると、、
FMの電源が切れるように
その世界と、プツっと、遮断されるその、愛おしさ。
詩集の最後(あとがき)の、
作者の言葉が印象的でした。
それはこんな言葉です。
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100%誰かに理解してもらえるなら
そんな人間、この世界に生きる意味がない。
憂鬱が、かわいく見えて仕方なかった。
人には話せないような、汚い感情
正しい正論とか優しさとかで押しつぶされてゆく
そうゆう悩み。
あってはならないものとされている感情が、好きだ。
感情にあってはならないなんて
ありえないのに
それでも押し殺す、その姿が好きだ。
どんなに因数分解したって
理解を得られないであろうそんな感情が
その人をその人だけの存在にしている。
人は、自分がかわいいのだということを
もっとちゃんと知るべきだ。
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詩集のなかで、ココロに響いたものをひとつ。
これを、どこか遠い空の下で
読んでいるであろう、キミに。
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キミに会わなくても
どこかにいるのだから、それでいい。
みんながそれで、安心してしまう。
水のように、春のように
キミの瞳がどこかにいる。
会わなくても、どこかで。
息をしている、
希望や愛や、心臓をならしている、
死ななくて、眠り、ときに起きて、表情を作る
テレビをみて、じっと、坐ったり、立ったりしている
キミが泣いているか、絶望か、
そんなことは関係がない、
キミがどこかにいる、
心臓をならしている、
それだけで、みんな、元気そうだと安心する。
お元気ですか、生きていますか。
キミの孤独を、かたどるやさしさ。
彫刻刀の詩 最果タヒ