色々な研究でせん妄が長期に健康に影響を及ぼすのがわかったのは最近で、あちこちの病院ではせん妄予防の対策をとっています。特にＩＣＵではせん妄と一緒にＰｏｓｔ ＩＣＵ Ｓｙｎｄｒｏｍｅ（集中治療室後症候群）というものにもなりやすく、ICUにいただけで後遺症がのこることがわかりました。せん妄はアルツハイマー型認知症などの少しずつ悪くなっていくものと違い、１－２日で急に思考能力が一転してしまいます。
せん妄は病院での回復を妨げるだけではなく、退院したあとも６か月から１年間ももとの健康状態にもどらない患者さんが多くいます。点滴をむしり取ったり、尿管を取り出したり、ベッドから転げ落ちたり。頭が混乱して、虚妄したり、暴れたり。でもこれはわかりやすいせん妄。実はミスしやすいのはずっと眠ってしまうせん妄です。前者のせん妄はナースたちには嫌われてすぐに対策がとられるのですが、後者は”あー。この患者さん寝てばかりで文句言わないで、ラッキー”と思われて対策が取られず、せん妄が治らないことが多いのが事実です。また、前者と後者が交互にくる患者さんもいて、アメリカではSun Downer（日が落ちると変化する患者さん）と言われています。夕方から暴れ始め、夜通し起きてる厄介な患者さんです。
せん妄は薬で治したりすることができないので、せん妄にならないようにする対策が大切です。アメリカではABCDEF対策をとっています。AはAssess。これは痛みを測って、その患者さんにあった痛み止めを与えること。手術をしたからってすべての患者さんが麻薬を必要とするわけじゃなく、特にお年寄りの患者さんはアセタミノフェンやイブプロフェンで十分なことが多いです。とりすぎる麻薬はせん妄になりやすいことがわかっています。でも麻薬を取りたくないからと反対に痛みを我慢してしまうとこれはこれでせん妄になってしまうので適度な痛み止めが必要です。
BはBoth。集中治療室では呼吸器をつけている患者さんで安定している方は、毎朝覚醒と自呼吸のテストをします。麻薬や鎮静剤などをストップして目を覚まさせて自分で呼吸をする訓練をするのです。それをすることによって早く呼吸器を取り外してあげることができる準備になります。鎮静剤を入れられて呼吸器をつけてると、手を縛られてトラウマになって虚妄を起こしやすいからです。
CはChoice。呼吸器がついているからという理由でこん睡状態にさせることはもうしません。今では安定しているならなるべく患者さんを目覚めた状態にするほうが回復が早いことがわかっています。だから麻薬や鎮静剤の量もなるべく少なく、種類もその患者さんにあった目覚めた状態を保てるものを選びます。
DはDelirium。朝はカーテンを開けて部屋を明るくして起きている状態、夜は静かに暗くして寝る。眼鏡や補聴器が必要な人はつけてあげること。普段の生活に近づけた行動をすることで脳がノーマルを認知し、せん妄にならないように助けます。私の病院では患者さんのために日記を付けていて、何月何日、今日はどういったことをしたか、誰が会いにきたか、患者さんはどういう感じだったかを書いています。これをすることによってのちのち患者さんの呼吸器が外されたときに、患者さんがうろ覚えしていることを日記を読むことによって理解ができ、集中治療室後症候群にならないようにするためです。
EはEarly。呼吸器があろうが関係ありません。安定している患者さんはすぐに椅子に座らせたり、歩かせたり。ずっとベッドに寝かせないようにします。１日ベッドに居続けると三日回復にかかると言われています。寝っぱなしは筋肉は弱り、床ずれはできやすく、いろいろな問題が起きていい事がありません。
FはFamily。家族への教育、関与が大切です。せん妄になった時に私たちナースは他人。しかも痛みを与えてくる悪者。信用するわけがないですよね。でも家族が話して説明するだけでせん妄の程度がよくなります。また家族がABCDEFの重大さをわかってくれると患者さんのケアがよりいいものになります。たまに家族の人が”患者さんが昨日の夜まったく寝てないからなるべく寝かしてあげてください”と言われることがありますが、それはだめだと言います。短時間のおひるねはいいですが、ずっと寝かすとまた夜に寝れなくなり、昼と夜が逆転してせん妄になってしまうからです。ちゃんと理由を説明して家族の助けが必要だと話すとわかってくれます。
１か月ほど前心臓手術をした私の患者さん。私のシフト中はジョークを言ったり、歩いたりといい回復をしていて私とも分け合いあいだったのが、夜の７時に突然せん妄になってしましました。私たちナースが彼を殺そうとしてると思い込んで警察に電話をしたり、薬を取るのを拒否したり。せん妄が治るのに１日かかりました。せん妄が治った後もなにか心にわだかまりがあったらしく、私にはまた心を開いてくれませんでした。残念です。