最近足がちょっとたるんできたような気がする。

ダイエットしなきゃな。

 

そんな軽い考えで何をしようか考えてみてとっさに思いついたのがプールだった。

 

水泳って身体的に疲労が大きいスポーツだけど、それだけダイエットにはいいと聞く。

 

物は試しだと、さっそく家から自転車で15分程度のところにある市民プールに通うことに決めた。

スポーツジムなんかと比べてお値段もお手軽だったしね。

 

高校生のときまでだったっけ。

学校の授業でプールがあったっきりで、水着やら帽子やらなんてのを引っ張り出したのも久しぶりだった。

 

 

 

 

 

更衣室を抜けて、半透明のビニールハウスみたいな仕切りがされた中にプールがある。

 

全部で6レーンあって、片道25メートル。

その4レーンにばしゃんと飛び込んでさっそく泳いでみることにした。

 

クロール、平泳ぎ、バタフライ。

どれも学校の授業で習った半覚え状態だったけど、全部試しに泳いでみた。

 

1往復、2往復と。

何回も繰り返してみると、やってるうちに急に足にも肩にも疲労がドッと現れてきた。

 

しんどい、凄くしんどい。

 

太ももの裏が突っ張ってガチガチ震えてるのがわかる。

 

みんなどうやって泳いでいるんだろ。

他のレーンの人たち、一往復する度にレーンによたれかかって休憩している姿を見るからに、私がめちゃくちゃ泳ぐのが下手ってわけじゃなさそうだ。

 

このまま、休憩しながら泳いでみよ。

30分くらいたったころ、もう15往復は頑張って泳いだ。

 

もうそろそろ終わりにしよう、そう思ってると定時のチャイムがぴろんぴろんと鳴り響いた。

急なチャイムに身体がびくっと反応したけど、そういえばここ、一時間おきに5分間の休憩時間があるんだったっけ、と。

掲示されていた案内文をさらっと思い出してみる。

 

キリもいいし、この辺で終わりにするのも悪くない。

プールサイドによたよた疲れ切った身体を引っ張り上げてベンチに座り込んだ。

 

 

 

引き下げようと思ってたところ、ビニールハウスの入り口の扉がガラッと急に開いて人が入ってくるのが見えた。

 

凄く綺麗な身体

 

いや、身体だけじゃなくてお顔も凄く小さくて整って見える。

 

 

あいにく私が入ってきたところで全レーン一人ずつ埋まってしまっていたため、その人は埋まってるとみるや、休憩をしている私のほうへ向かって歩いてきた。

思わずその人の美貌に見とれていて反応が遅れたけど、その人が話しかけてきていることにようやっと気づいた。

 

 

「ごめんなさい、もう上がりですか?」

 

 

「あー、はい」

 

 

4レーン入ってもいいですか?」

 

 

「うん、いいですよ。私少し休憩したら引き上げようと思うんで」

 

 

見た感じ私と同じくらいかもしくは年下ではないかな。

この綺麗な人もダイエットで泳ぎに来てるのだろうか。

 

すぐ横でストレッチをしながらレーンを眺めているその人に見惚れながら、そんな独り言を頭の中で繰り広げる。

 

 

まあいいや、もうここに来るかどうかわからない私にとってはあまり関係のないこと。

休み休み30分程度泳いだだけでもこの疲労感だもの。

これを日常的に続けるのはかなり勇気のいることだ。

次また来るかなんて想像できなかった。

 

 

休憩の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。そう、その次の瞬間までは。

 

 

私の抜けた4レーンはどこか寂しい雰囲気に包まれていたように見えたけど、その人が飛び込んだ瞬間が空気がガラッと変わった。

 

素人目に見ても、他のダイエットやなんやで泳ぎに来てる人とはまるでオーラの違いを感じ取れた。

バシャバシャなんて音がしない。

すーっと潜ってぱしゃぱしゃ小さな音を響かせる。

 

まるで水面上をイルカが泳いでいるかのようなもの静けさ、それでいてものすごく速い。

 

さっきまで同じ仲間みたいな感覚でいた自分が恥ずかしい。

 

まるでテレビとかでオリンピックのトップスイマーがするみたいな泳ぎを見せられて、頭が真っ白になった。

 

凄い、すごすぎる。

あれだけ私がキツい身体を引っ張ってなんとか泳ぎきった100メートルくらいをいとも簡単に優雅に到達してみせる。

 

どこか別世界の人間のようだった。

 

 

もうとっくに休憩は終わって、更衣室に引き上げようと思っていたのに。

その人の泳ぐ姿に見惚れてしまって、ベンチから立ち上がれないでいた。

 

 

 

 

 

結局、泳ぎもしないくせに1時間ずっとその人が泳いでる姿をながめていた。

時間が経つのはあっという間で、その姿を眺めている時間に自然と飽きがやってこなかった。

 

のそのそと疲れた身体を引きずりながらシャワーを浴びて着替えを済ませる。

なんだかとんでもないようなものを見せられたような気がして、着替えた後も意識がぼーっとしたままでいた。

 

受付の隣りにある自販機コーナーの長椅子の上でふーっと息を吐く。

疲れてるってのもあるけど、どこか呼吸が重たくてもやもやしたものが胸につかえた。

 

 

たぶん私と同じくらいの年なのに。

 

羨ましいなぁ。

 

あんなふうに泳げたら気持ちがいいだろうのな。

 

そんなことをさっきからずっと頭の中を巡っている。

 

 

なんだろうな、この感じ。

嫉妬みたいなもやもやくらくら。

 

きっと何もできない特技も何もない自分がなさけなくなっているのだろうけど。

どうすればこのぼてっとした気分が晴れるんだろう。

 

10分前に自販機で落としたスポーツドリンクはもうすでに飲み干しかけていた。

 

 

ずっと椅子に腰掛けてぼーとしていると、更衣室から目を引く存在がすたすたと歩いてきた。

 

 

さっきはお互いに水泳帽被ってて髪型とかまでは把握できない姿だったけど、きっとさっきの彼女に違いない。

 

オーラが凄い。

まるで芸能人みたいだ。

 

キリッとした太眉に肩下までしなやかに伸びる茶色く綺麗な髪。

ぴっちりサイズのスポーツウェアに包まれた身体はさっきの姿から想像できそうな綺麗な腰のライン。

間違いなくさっきの人だ。

 

 

なんでだろうな、その人を再度目にしたときに直感で感じた。

 

またここに来れば会えるような気がして。

でもチャンスは何度もそうくる気がしなくて。

 

私は立ち上がって視界に入り込んでいっていた。

 

 

その人も目の前に陣取った私を見て何か話しかけてくるだろうと察して視線を私に向けてきた。

 

 

「さっきはどうも」

 

 

声もかっこよくて全部が素敵な人だ。

 

きっと一目惚れというやつなんだろう。

何度も経験したわけじゃないけど、すぐにそう感じ取ることができた。

 

 

「あのー、…いつもここで泳いでるんですか?」

 

 

「そうですね、週になんどかは来てますね」

 

 

「すみません、名前伺ってもいいですか?」

 

 

「私?私は小林由依っていいます」

 

 

小林由依。素敵な名前だ。

 

 

「あの…私渡邉理佐って言います。また来たときにお話してもらってもいいですか?」

 

 

「いいですよ。宜しくお願いしますね、理佐さん」

 

 

由依さんはにこっとキレイな笑顔を見せてくれて、華やかな凛とした香りを残してそのまま私の横を通り過ぎていった。

 

私はずっと更衣室の入り口を眺めたまま突っ立って動けないままでいた。

 

 

なんだろう。

 

さっきまでのもやもやは違うものへと変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く。