最初からその人のことを疑いきっていたわけじゃない。
ただ理佐とは友達と語る仲なのに、さっきまですぐ近くにいた彼女に一声をかけれなかったものか。
釈然としない、なんとも言えない感じがした。
そして、見つけた。
両手の親指にある模様。
いや、模様と言うには飾り付けが無いし正しくは印しか。
指の縁から先にかけて中央に浮き出た一本の線。
私はそれに見覚えがあった。
こうして目にするのは2回目だけど、はっきりと認識したうえで発見したのはこれが初めてだった。
「質問してもいいですか?」
「質問?いいよ、私に答えられることならなんでも」
「じゃあ、その指の印しはなんですか?」
「え?…これ?」
彼女は自身のそれと私とを交互に見ては不思議そうに問いかけてくる。
もしかしたら、彼女は自身のもつその形の意味を理解してないのかも。
「これって、なんだろう…私にもわからないや」
「じゃあ、質問を変えます」
「…?」
「あなたは吸血鬼ですか?」
「…!」
その反応を見れば当たり。
言葉にして答える必要なんてない。
「は!?どうして…」
「答えはもう、言わなくてもわかります」
「……」
「あなたを理佐に会わせる気はありません……本人が会いたいと思えば話は別、ですけど」
「ちょっと待ってよ!!」
「はい?」
「あなたは理佐とどういう関係なわけ?」
「私は…」
自体は一変。
さきほどまでの彼女の涼しい顔つきとは打って変わって凄い剣幕。
急変したその態度に一瞬気圧されるも、すぐに冷静さを取り戻す。
「言いません」
「は?」
「あなたには、言えるはずがありません」
当然だ。
連絡を頻繁に送っているのにも関わらずそれに返事が戻ってこないということは、理佐も捜査隊の人間として日常生活に対しての線引きをしているということだろう。
たとえこの人が理佐の親しい友達だったとしても
ましてやこの人が本当に吸血鬼なのであれば、よっぽど会わせるわけにはいかない。
こちらを見つめるその目に、私の身体はぴしっと針のような警戒心を張り付かせる。
今のこの状況…
かなり危険だった。
私は十中八九間違いないと踏んで、正体を突きつけたのだ。
だったら、その人が次に取る行動…
それは…
私は咄嗟の反応で右手でホルダーに手をかけて
それを
取らなかった。
次の瞬間
スキを見せた私の胴体目掛けて彼女は突っかかってきた。
――早いっ!
身体を捻って避けようとするも、それを実行する前に懐にその姿が入り込む。
気づいたら手を掴まれる感触。
いや、掴むという生易しい表現ではない。
鷲掴みにされた手首が悲鳴をあげて脳に響く。
「…っあ、グァ」
「……ごめんもうこれしかない」
体ごと腕を引っ張りあげられて視界がスライドする。
細い路地裏の壁面が空に浮かんで、そのとき初めて引きづられていることを悟った。
あまりにも想像を超える腕力。
知らなかったわけじゃないけど、吸血鬼がその窮地に発揮する力を甘んじていた。
肌を突き抜けるひんやりとした感触。
商店街の喧騒が急に止んでようやく腕が開放されたよう。
間髪入れずお腹に体重を押し付けれる。
ま、そうなるよね。
こんなときでさえも冷静に頭が回転するのに違和感。
こういう体制になってしまっては私には成すすべがない。
だからというわけじゃないけど、夕暮れに浮かぶ顔に問いを投げかけてみる。
「あなた…名前は?」
「それ今聞くの? 志田愛佳だよ」
「そう…それで、理佐に会ってどうするつもり?」
「それも今聞く内容じゃないよ」
「…いいから、教えて」
「ヤダ」
悪戯な笑みがよく似合うその表情を夕日が差し込んで赤く輝かせる。
私はもう抵抗するつもりもないって、そう諭すように手を投げ出した。
「今さらになって、理佐に会わせようって魂胆?」
「会わせるつもりはないって」
「だったら」
「吸血鬼になったあなたは理佐には必要ありませーん」
「…っ」
軽い挑発。
だからもうあなたに残された手は一つしか無いでしょ。
って、そんな私の見るからに狙いの籠もった薄ら笑いも、どうやら彼女にはピンポイントでストライクだったようだ。
「お前なんかに…」
「……」
「何が分かんだよっ!!」
思わず仰け反ってしまいそうな必死の形相。
その次の瞬間に意識がシャットダウンするのがわかった。
飛鳥からの突然のSOSに戸惑いを隠せない。
え、なんで?
どうして…
そんな疑問符ばかりで意識を埋められて、つい業務用のスマホを落としてしまう。
だって私が彼女と別れたのはほんの数十分前のことだというのに…
それも一通りの多い商店街の巡回を頼んだだけ。
その間に何が起きたのか、全く見当も付かなかった。
ハッと、疑問を振り払ってスマホを拾い上げて駆け出す。
今はとにかく行かなくちゃ!!
飛鳥がヤバい…
とりあえず飛鳥と別れた商店街に向かうしかない。
走れば数分で辿り着くだろう。
思えば
その考えが危険だということ。
私が組織に入ってからというもの、仲間からの”SOS”ほど違和感を覚えるものは無いと。
知識としては入念に教え込まれていたのにも関わらず、そのときの私は感情に支配されていた。
続く。