「ねえー美波」
「なに」
「由依のほしいものってなんだと思う」
「なに藪から棒に」
「美波ならなんか知ってるかなーって」
「知らんよ、私が聞きたいくらい」
だいたい、欅の中なら理佐が一番詳しいんやないの。
そんな捨て台詞で軽く撒かれてしまった。
ふーん…周りからはそんなふうに思われてるんだ。
結構意外だった。
由依ってグループの中でも結構異質な存在だ。
仲良くてもあんがいわからないことだらけ。
我を強く持ってというか周りの環境に一線を引いて構えるタイプだから。
好きなものとか、日常の趣味とか。
同年代の友達が好むようなものに対して安易に目を輝かせない。
オフの日はずっと家に籠もっているって本人は話すけど、それが定かかどうかも分からない。
「おぜはなんか知ってる?」
「あんた、みんなにそれ聞いて回ってんの?」
「あ、誰かから聞いた?」
「っていうか、ゆいぽんの欲しい物聞いてどうするの?」
「うーん、まあきっかけは些細なことだったんだけど…」
明日はホワイトデーだ。
まあ些細というか、そもそも気にする必要が無いといえば無いのだけど。
先月のバレンタインのときになぜか由依がチョコくれたんだっけ。
それで、言い訳じゃないんだけど…
去年はあげたり貰ったりってのが一切無かったから、それは見事な不意打ちだったわけで。
早い話が貰いっぱなしになってしまったというわけだった。
「…それで?ゆいぽんに何かお返しをしようってこと?」
「まあそれだ」
「気にしすぎじゃない?理佐はそういうところあるよね。…根が真面目っていうか」
「そうかな?」
「うん、別にバレンタインとか、お返ししなくちゃいけないものじゃないと思うよ」
「でも失礼じゃない?貰って返さなかったら」
「だって、余りものかもしれないよ?」
「余りものじゃないよ」
「ゆいぽんがそう言ってたの?」
「由依は作りすぎだって言ってた」
「ほら。そうじゃない」
「でも余り物じゃないよ、手作りだったから…」
「うー、…それじゃ答え出ないじゃん」
おぜは頭を抱えて唸りをあげた。
あ、そうだ
そういえば、この前駅前のケーキ屋さんのショートケーキ食べてみたいって言っていた気がする。
休憩中に私からつい出た話題だったけど、意外と食いつきが良かったのを覚えている。
でも並ぶの面倒くさいからいいやって、そこでその話題は終了したけど。
善は急げでこのことをおぜに告げると「最初からそれにしとけよ」って小言を呟いたから、軽く脇腹を突いてやった。
夜まで続いた現場を駆け出て最寄り駅をスルーして裏側にあるケーキ屋さんに向かった。
ホワイトデーの前日であって土曜日だからか、そこは若い女性の長蛇の列が出来上がっていてさすがに疲れ身にはしんどかった。
1時間ずっと立ちっぱなし。
これだけ並んでようやく買うことができた。
でも並び始めたのがもう遅い時間だったから、ショートケーキの一切れだけしか買えなかった。
私の後ろにも数組並んでいる子がいて、申し訳ない気持ちが湧きながらもホッと息を吐いた。
あともう少し来るのが遅かったらこの一切れすらも手にすることが出来なかったのだから。
なにはともあれ、やっとの思いで明日お返しの品を持っていける。
次の日、身支度をしていたところであることに気がついた。
そういえば今日昼前に歯医者の予約してたんだった。
軽いメンテナンスだからすぐ終わるとは思うけど、それだと由依に渡すのは昼からになる…か。
いやそもそも肝心の由依のスケジュールを把握していない。
オフだというのは知ってるけど、午後はどこかへ出かける可能性だってある。
「……」
もう起きてるかな?
片手でLINEを開いて由依にメッセージを送ると、直後に「いいよ」って返事が戻ってきたからすぐに出る準備をすることにした。
なにより早く渡したいという気持ちが強かった。
後先考えないで歯医者の前の時間に由依の家へと向かうことにした。
由依の家までは地下鉄に乗り込んでだいたい30分くらいで最寄り駅に着く。
10分の余裕をみて40分と伝えた。
久しぶりにこの道のりを歩いて、心が躍る気持ちが逸った。
長居するつもりはない。
ただ何も言わずにケーキを渡して帰るつもりだった。
突然連絡入れて家にあがるっていうのは由依からすると迷惑にも成りかねないし、プライベートの時間を邪魔するのも悪い気がした。
部屋のチャイムを押すとしばらくして目の前のドアが開く。
上昇するエレベーターの中で右手に下げた箱を見る。
本音を言うと、できれば一緒に食べたかった。
でも一切れしか買えなかったと言ってしまえば由依のことだ。
半分あげるからと言って聞かないだろう。
若しくは食べすらしてくれないかも。
そんな考えもあって、バレンタインのお返しとは口に出さないようにした。
「突然ごめんね、寝てた?」
ううん、と首を横に振った由依は朗らかな笑みを浮かべた。
「はい」
箱を差し出すと由依は目をぱちくり開いて恐る恐る手を伸ばす。
「わざわざ買ってきてくれたの?」
「ううん、差し入れでたまたま貰ったから」
「ありがと…嬉しい」
嬉しそうな笑顔が胸を指す。
いい…これで、よかったんだ。
「それじゃあ…」
「え、待って!どこいくの?」
「どこって、用事それだけだから…」
「えぇ!?せっかくだから中で一緒に食べようよ」
「でも私もう食べたよ」
嘘、本当は食べてないけど。
でも、それ言ったら由依は受け取らないから。
「ちょ、ちょっと待って!! …お茶だけでも飲んでいかない?」
いいの?
そんな嬉しいこと言ってくれて…心が揺れ動く。
「じゃあ、」
「……」
つぶらな瞳がじっとりと見つめる。
「お言葉に甘えて」
由依の後ろ姿から湯上がりのような甘い香りがする。
「由依いい匂いするね、もしかして風呂上がり?」
「あ、うん」
「やっぱり」
もしかすると、私が突然来るって知ったからシャワーでも浴びたのだろうか。
だとすると凄く嬉しい…
お茶だけでも飲まない?って聞いた真意がそんな嬉しい理由も含んでいるとしたら。
そんな私の予感を裏付けるかのような部屋の一面。
加湿器が天井に向かって雲を作っていて、そこからは甘いアロマの香りがする。
部屋の全体が綺麗にまとまっていて、とても人がくつろいでいた様子なんて浮かんでこない。
そんな雰囲気。
由依は私が座ったのを見てケーキ箱を置いて台所へ向かっていった。
しばらくして台所からコポコポ音が聞こえてきて、私のためにお茶を沸かしてくれていたのだとわかった。
「あ、はいこれ」
「ありがとー、なにこれいい香りする」
「焙じ茶、だけど」
「ほんといい香り」
何気に添えられたカップ受けもすごい可愛いデザイン。
由依は自分のマグカップとフォークを取ってきて私の右面にちょこんと座った。
ケーキ箱を開いて引き寄せる姿が目に入って、体を反対側の加湿器の方へと向けることにした。
食べるところ見られるのは嫌かなって。
煙を焚きつける加湿器を見て心が落ち着く。
あーやっぱり来てよかったなぁ
由依が食べ終わるまでそっちは見ないようにしていたけど、一瞬目に入った姿がそれを遮る。
虚ろな表情。
もくもくと口を動かしてはいるものの、なんとなくその顔の色は冴えない。
え、もしかして…
あんまり美味しくなかったのかな?
ふーと息を吐く。
やっぱり試食とかしないでぶっつけで持ってきたのが悪かった?
「そんなに美味しくなかった?」
「あ、え!?」
「由依つまらなさそうな顔してたから…」
「いや!おいしい…美味しいよこれ」
明らかに無理して言っている。
さすがにそれが分からないほど鈍感じゃない。
はー、まずったか
カップの中身を喉に通すと空になったのがわかった。
それとも私がここにいるのが気まずいとか、ある?
まあ由依だってもう20歳だし、いろいろ前みたいなお互いの価値観でいられないのかもしれない。
自分と彼女との間に僅かな温度差を感じて席を立とうと思ったそのとき
「あのさ、この雑誌とか興味ない?」
「…ん、これ?」
「理佐こういうの好きかなーって…」
由依が女性誌を私の目の前に置いてページを捲った。
そのとき、目に入ったのは由依の表情だけ。
若干裏返ったような声で唇の端がピクッと動いた。
由依は私の手元だけ見ている。
そっか、…そうだよね
「あの、由依。…あのさ、私このあと歯医者の予約取ってるから」
「あ」
「だからごめん、行かなくちゃいけない」
雑誌を閉じて息を吸い込んだ。
大丈夫、由依はあんなに勇気振り絞ったんだから…
そう念じこんで
「一時間」
「へ?」
「一時間だけ出てくるから…それが終わったらまた戻ってくるね」
「…え?」
「そしたら、その雑誌読ませてよ」
なんとか必死に笑顔を作って由依を見る。
久しぶりに目があって、ああやっぱり由依は由依だってようやく気づくことができた。
もう、気づくの遅すぎでしょ…
こんなにも彼女の隣りは落ち着くのに。
「ふふっ」
もう少しだけ続く。