「あ…眠た」
うつ伏せでマシュマロみたいな枕に体重を預けて和らぐ心模様。
何者にも邪魔されることのない私だけの穴ぐら。
やっぱり休日ってのはこうやってベッドに潜っているときが一番落ち着く。
一度目が覚めたのにって、そんなの関係ない。
比喩でもなくて本当に閉じこもってしまいたい時間というのがある。
それが今それ。
オフのときはだいたいこうしてる。
勘違いされたくないのは、別に外に出かけるのが嫌ってわけじゃない。
親しい誰かに誘われて映画観たり、ショッピングしたりだとか。
思い切ってアトラクションパークに足を踏み出すのも有意義な休日の使い方だとは思う。
でも結局のところは誰しも一人なんだ。
人の本質って、一人になったときの行動が粋に表れているって前に見た情報番組で言ってた。
それは社会の秩序や集団生活という普段意識して寄せている枠組みから開放される一時。
小林由依の本質は、やっぱり一人で家にいる瞬間がより贅沢なものだった。
私の練り固めた籠城を破壊するかの如く、その知らせは電子音とともにやってきた。
LINEの受信音。
>今から由依ん家寄ってもいい?
この瞬間にその人からLINEが飛んで来ることもたいそう予想できるものではなかったけど、内容はもっとその上をいっていた。
え、今から!?
私の心情をそっくりそのままトーク欄に投影させた返事を送る。
>たいした用事じゃないんだけどね…
ちょっと渡したい物があるだけ。
渡したいものって?
当然心当たりなんて無いけど、とりあえず返事だけは返さないと。
こうやって家にいるのに断るのもおかしいし悩む時間もあまりなかった。
>いいよ
>ありがとー。
40分くらいで着くね。
40分か…
”10:08”
枕元にあるデジタル式の目覚まし時計とにらめっこして、背中から掛け布団を突き上げた。
立ち上がって鏡越しの自分の姿を見て首を傾げる。
何の用事かも分からないってのに、どういう形で迎え入れたらいいのだろう?
そもそも何でこのタイミング?
全然分からないことだらけだけど今はそれを考えている時間すら無駄に思えた。
全身パジャマ姿
これはさすがに無いかな。
とりあえず彼女が来る前にシャワーだけなら済ませられる。
思い立ったが吉日ということわざにあるように、すぐさま洗面所に駆け入った。
急ぎ足で全身洗い流してバスタオル片手に戻ってきたときにまた時計が目に入る。
”10:34”
まだ少し時間あるかな?
布団きれいに畳んでゴミ箱の中身をビニル袋に移して…あとは、とそこまで考えてふと違和感を覚えた。
ものの30分前までは何をする気力も湧かなくて、それこそ今日一日布団の中で時間を貪ろうとさえしていたのに。
今では、人一人の来客の連絡がやってきただけで数分を重宝してしまっている。
不思議なものだと考えて自分で笑ってしまう。
バタバタと落ち着かない手付きで布団を折りたたみながらさっきまでは全くなかった高揚感を感じる。
もうすぐに来ると焦りながらも鏡越しに見えた自分の姿は、とてもいい顔をしていた。
”10:47”
ほぼ時間通りにチャイムが鳴った。
インターフォンまで駆け寄って画面に映るその人を確認したのちドアの解錠ボタンを押す。
数十秒後に部屋の呼び出し音。
律儀に全部鳴らす辺り私のよく知る彼女らしい。
「おはよ由依」
「おはよ、理佐」
「突然ごめんね、寝てた?」
「ううん、もう起きてた」
「はい」
そう言って目の前に掲げられる小さな持ち手のついた箱。
「…これって?」
「あの有名なケーキ屋さんのケーキ」
「え、なんで?」
「由依が前に、食べたいけど並ぶのが面倒くさいって言ってたから」
「…わざわざ買ってきてくれたの?」
「ううん、差し入れでたまたま貰ったから」
「ありがと…嬉しい」
差し出された箱を受け取ると程よい重さと鼻をさす甘い香りがした。
とりあえず玄関で立ち話しも悪いし中に入ろうとしたところで、背中越しの理佐への距離を感じた。
「それじゃあ…」
「え、待って!どこいくの?」
「どこって、用事それだけだから…」
「えぇ!?せっかくだから中で一緒に食べようよ」
「でも私もう食べたよ」
箱の中を確認してみると中にはショートケーキが一切れだけ入っていた。
その横に空きスペースがあって、おそらく2個入りだったんだろうと察する。
私が中身を確認したのを見かねてそれじゃ、って理佐はドアを閉めようとした。
「ちょ、ちょっと待って!!」
それを押し返すようにドアを再度開く。
…ヤダ
それだけは嫌だ
ケーキが食べたいのは確かにあった。
だけど今はとりあえず、それは私の意識を占める他のものに足蹴にされて薄れている。
連絡一つでベッドから飛び起きてシャワーまで浴びて。
布団畳んでゴミもきれいに片付けて。
余った時間でお茶の準備してアロマまで炊いたっていうのに。
ここで帰られたらまたぐうたら過ごすだけのつまらない日に逆戻りしてしまいそう。
私の意識の中で膨れ上がった高揚感が強烈な危険信号を発していた。
「お茶だけでも飲んでいかない?」
これだけ言い放った自分がどんな顔しているのか見当も付かなかったけど、私を一瞬だけ見つめた理佐はくすっと決まり悪げに笑ってみせた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
理佐と私って似たもの同士だよね。
出会って間もない頃、きっとあのときの私はそう思っていただろう。
テンションも合うし、趣味の話だって食い違ったりしない。
お仕事だって得意なもの、苦手なもの私たちは似たりよったりしていた。
そんな気がしていただけだってのに、私はとんだ勘違いをしたままその背中に自分を重ねていた。
テンションも趣味も彼女は話しを合わせるのが上手。
騙しているってわけじゃないけど、人へ寄り添うことに長けた彼女の温かいイメージは私を惑わせた。
「由依いい匂いするね、もしかして風呂上がり?」
「あ、うん」
「やっぱり」
理佐と私は似てない。
きっと得意、不得意の重なりも私が感じていた錯覚に違いない。
こうやって居間に座らせた彼女の姿を眺めるだけで、部屋中でそこだけ浮いて見えるのだから。
さっきまでの私だけがいた空間とは別物だ。
ショートケーキを小刻みに口に運ぶもたいして美味しいとは思わない。
残りの一つを口にしたところで激しい喪失感。
「そんなに美味しくなかった?」
「あ、え!?」
「由依つまらなさそうな顔してたから…」
「いや!おいしい…美味しいよこれ」
無理やり作ったような笑顔で取り繕ってみせるも、気分だけはそれに付いてきてくれはしない。
美味しいはず…なのに、それを感じない。
だってこれを食べ終えちゃったら理佐、そのまま帰っちゃうから。
こっちをじっと見る優しい瞳を直視できない。
理佐はカップのお茶を飲み終えるとカップ受けに手を添えて前に出した。
その流れるような一連の動作が私の意識を釘付けにする。
この人は…なんて表現していいのか分からないけど、いつも近くにいるようでどこか遠くに感じる。
きっと私のこの部屋でとる休憩なんて、この人にしたらほんの羽休めにすら相応しくないって。
そのまま次の居場所に流れて行っちゃって、行き着く先には私とは別の誰かが待っているに違いない。
いつもならほんの反対意識だけで簡単に手放してしまう私だけど、今日だけは違った。
「あのさ、この雑誌とか興味ない?」
「…ん、これ?」
「理佐こういうの好きかなーって…」
私が取り出したのは何の変哲もないただの女性ファッション誌。
最後の手段で繰り出したとっておきにしては弱すぎる。
無理やり手に取らせて適当なページを開かせるけど、理佐はそれに反してパタンと閉じてしまった。
あ、まずったか
「あの、由依」
「う…」
「あのさ、私このあと歯医者の予約取ってるから」
「あ」
「だからごめん、行かなくちゃいけない」
私の出し尽くした努力もここで潰えてしまう。
そっか…
ちょっと寄るだけのつもりだったもんね
そりゃあ、次行く予定だってあるはずだよね…
「ごめん…」
「ううん」
「無理して引き止めちゃって悪かったね」
「だから、由依」
「ごめん」
「一時間」
「へ?」
「一時間だけ出てくるから…それが終わったらまた戻ってくるね」
「…え??」
「そしたら、その雑誌読ませてよ」
彼女の笑顔、それは小さな湖に立ったさざなみのように穏やかなものだったけど。
その小さな微笑みは私を救った。
「それは全然いいけど、予定大丈夫なの?」
「うん、大丈夫」
理佐は雑誌を机の上に優しく置いて立ち上がった。
私もそれにつられる。
「由依の部屋、すごく落ち着くからさ」
それだけ言って理佐はあっという間に部屋から姿を消した。
私はただ部屋の隅々をただひたすら見渡して呆然としていた。
”11:09”
理佐が滞在していた時間は20分程度。
だけどそのたった20分程度で、この部屋の景色はそれまでとはまるで別のものへと形を変えた。
理佐にまたここに戻ってこようと思わせた要因は分からない。
テレビの音
アロマを炊く加湿器の音
静寂の音。
いろんな音が飛び交う中で、極彩色の擬音が華やかに舞っていた。
千紫万紅のオノマトペ
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長編小説の続きが滞ってしまって申し訳ないです(T_T)
合間小説のりさぽん(迷走)でした。
イ○ンカードのCMのせいです!(笑)
久しぶりに聞いた理佐の「由依」呼び…
あれ絶対、りさぽん推しの心を煽ってますよね?
そう感じるのはたぶん私だけじゃないはずです(-_-;)
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