「昨日は大丈夫だった?」

 

 

「大丈夫って?」

 

 

「ひかる急にいなくなるんだもん、先輩振り切るの大変だったよ」

 

 

次の日の朝、同じ講義を受ける予定の里奈と電車の中で話をしていて初めて分かった。

 

あのとき里奈はまだお店の中にいたんだ。

 

もういないのだと勝手に勘違いしてしまって、先に店を飛び出してしまったのだと知って凄く申し訳なくなった。

 

 

「ごめん…」

 

 

「そんな謝らないでよ。ひかるかなり呑まされてたよね?…心配したけど無事だったから安心したよ」

 

 

もう危ないのはこれっきりだからね。

 

そう言って悪戯に満ちた顔で舌を出した里奈。

 

 

こういうところが本当に優しくて好き。

 

もとはといえば、私が無理に歓迎会に顔を出そうと言い出したことが原因なのに。

 

里奈だって十分嫌な思いをしたはずなのに。

 

笑って、それだけで済ませてくれる。

 

これさえあれば十分だなって思えた。

 

 

「それで、一人でちゃんと帰れたの?」

 

 

「それがさー、なんかカッコいい人に助けてもらったんだよね」

 

 

「は?カッコいい人って?」

 

 

「よくわかんないんだけど…私あのとき意識朦朧としてたから幻想かもだけど…なんか手を引っ張ってくれて」

 

 

「なにそれ、ヤバいやつじゃんひかる…」

 

 

「やっぱ妄想かな?」

 

 

ヤバいヤバい。

 

ニヤニヤ歯を見せて笑う里奈を叩く。

 

ヤバくないって。

 

朝っぱらからそんな馬鹿みたいなやり取りを電車内で繰り広げているうちに駅のホームに着いたことでホーム側のドアが開いた。

 

 

何人か乗り込んできたことで車内が狭くなって里奈と二人で角へ逃げる。

 

そして最後に乗ってきた人。

 

イヤホンに両耳を塞いで俯いて歩くその人。

 

 

その姿を見てピンときた。

 

 

「里奈!あの人…」

 

 

「あの人がどうかした?」

 

 

「昨日私を引っ張ってくれた、一目惚れの人」

 

 

「ああうん、…って一目惚れ!?」

 

 

じーっとその人を見つめる。

 

間違いない。

 

この後ろ姿…

 

華奢だけど私より背が高くて、茶色く染まった綺麗な髪が特徴的。

 

 

昨日のあの人だ。

 

 

「で、どうすんの?声かけるの?」

 

 

「当たり前じゃん。たぶん次のホームで降りるはずだからそのとき…」

 

 

なんとなくだけど、私たちと同じ大学の先輩で間違いないって確信があった。

 

だって、あんな運命的な出会いをした人だもん。

 

それくらい繋がりが太くたって不思議じゃない。

 

 

私の根拠のかけらも無いその考えは意外にも的中していた。

 

大学の最寄り駅のホームで傾くその後姿。

 

プシャーとドアが開いた瞬間にスルリと抜けたその人の後を追った。

 

 

 

 

「あのーすみません!すみません…」

 

 

「ん?」

 

 

「あの昨日の…その、助けてもらってありがとうございました!」

 

 

「あー、昨日のね。別に助けてあげたつもりは無いから礼とか別にいいよ」

 

 

「名前だけでも教えて下さい!」

 

 

我ながらストレート過ぎるぞ。

 

でもこれが私だから仕方ない。

 

 

その人は正面から見ても凄く美人でかっこよく見えた。

 

素敵…

 

 

「んー?小林由依…」

 

 

「こばやし、ゆい…さん」

 

 

「…本当に気にしてないから。それだけ。」

 

 

「それでも!今度一緒にお茶とかどうですか?私この前良いお店見つけたんで」

 

 

「ごめん…今急いでるから」

 

 

あー…

 

行ってしまった…

 

 

軽く躱されちゃったか。

ちょっとショック。

 

 

後ろから追っかけてきた里奈に肩ポンされて振り返る。

 

 

「ひかるドンマイ、まあそういうこともあるって」

 

 

「何言ってんの里奈、私全然諦めてないし」

 

 

「へぇー…ひかるってそっちでも打たれ強いのか」

 

 

「当たり前!さっきは用があってダメだっただけだから」

 

 

「それにしても綺麗な人だったねー」

 

 

「でしょ?」

 

 

本当言うと、ショックはショック。

 

もっと簡単に関係が進展するものだと思ってたから。

 

 

でも、名前は教えてくれた。

 

小林由依って名前。

 

 

それから駅から大学までの移動中、私と里奈の間でずっと小林由依の話題が尽きることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

同じ大学にいて、名前が小林由依だということ。

 

それだけの情報があれば、どういう人かってのは簡単に掴むことが出来た。

 

 

2コ上の先輩で私や里奈とは同じ学部にいる。

 

特定のサークルに所属してはいなくて交友関係が特別広いわけではないようだ。

 

あれだけ美人でありながら誰にも付き纏われている形跡が無いというのは不思議だけど、私からするとこれまた好都合。

 

 

またどこかで会ったら積極的にアプローチしてみよう。

 

 

「りーなー」

 

 

「相変わらず好機嫌だねぇ」

 

 

「だって、由依さんこれだけ近くに居たんだよ?もうアタックしまくるしかないじゃん」

 

 

「もう名前呼び?お調子者なんだから…」

 

 

「それくらいじゃないとやってらんないよ」

 

 

次は連絡先を聞いてみよう。

 

 

大学も一緒、通学の電車も一緒。

 

これはもう運命以外の何でもないんだって、期待が深まっていくばかり。

 

 

 

 

 

 

 

それだけ近くにいれば由依さんに会うのだって時間の問題だろう。

 

 

またもや予感は的中。

 

数日後、帰りの駅のホームでばったり出くわした。

 

 

今日は里奈はいない。

 

でも、いくしかないっしょ。

 

 

「あ、こんにちは」

 

 

「? …ああ、この前の」

 

 

「私森田ひかるっていいます!今日は時間ありますよね?」

 

 

だってホームのベンチに座ってるだけだもん。

 

多分同じ電車だろうから5分くらいは大丈夫なはず。

 

 

隣りの空きスペースを一目散に取って

 

 

「由依さん…って、休みの日とか何してるんですか?」

 

 

「別に…家にいるけど」

 

 

「…あ、じゃあ付き合ってる人とかいるんですか?」

 

 

「いない」

 

 

「好きな人は?」

 

 

「…いない」

 

 

見えない左手でガッツポーズ。

 

 

これだけ質問攻めにしたからか、さすがに由依さんも不信感を隠せてないけど。

 

もう連絡先聞いても変じゃないよね。

 

 

「あのー…連絡先とか交換したり、駄目ですか?」

 

 

「……」

 

 

「駄目?」

 

 

「……LINEくらいならいいけど」

 

 

やった!

 

素早くふるふるスタンバイに備える。

 

 

やること成すこと何もかも上手くいっちゃう。

 

ふるふるだって一発で認識されたし。

 

 

新しい友だち欄に「ゆい」って出てきて気持ちが昂ぶる。

 

 

これはもう…

 

 

「あのー、由依さん!」

 

 

「なに」

 

 

「由依さん好きな人とかいないんですよね?」

 

 

「…そうだけど」

 

 

「じゃあ、私とかどうですか?」

 

 

「……」

 

 

「はっきり言います。由依さんに一目惚れしました!私と付き合ってください」

 

 

「……」

 

 

 

反応は…?

 

 

駄目だ、恐くて顔が上がらない。

 

 

はやく、なんとか言って。

 

 

 

 

「…ごめん」

 

 

「…っ」

 

 

「そういうの興味ないから」

 

 

「…えっ!?」

 

 

 

首が石のように固まってしまって動かない。

 

ようやく力を振り絞って顔を上げてみるけど、そこに由依さんの姿は無かった。

 

 

 

 

フラれた?

 

 

フラれたよね?

 

 

 

交換したばかりのLINEを開くと、さっき追加された「ゆい」のトップ画。

 

 

由依さんとツーショットで並ぶ女の人。

 

由依さんも隣の人も楽器を手にして、想像もできないくらい綺麗な笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く。