足を一歩踏み出した先にあった景色はすぐ目の前に広がっている。

 

すべてがきらきら未知の輝きを放っていて、私の視線はそれらに釘付けになってしまっていた。

 

 

「ひかるー」

 

 

私の名前を親しげに呼ぶ声。

 

未知の世界の中で唯一私の知っている顔。

 

 

「里奈、おはー」

 

 

「おはー、…って何きょろきょろしてんの?大丈夫?」

 

 

「だって、サークルの勧誘凄くない?」

 

 

「確かに、凄いよね…」

 

 

里奈も辺りを見渡してはその群像に息をついた。

 

 

この子は松田里奈。

 

私と一緒に東京の大学に進学してきたこっちでは数少ない顔見知り。

 

何気にオシャレ番長で一緒にいていつも楽しい。

 

 

「ひかるはどのサークル入るかもう決めてんの?」

 

 

「ぜーんぜんまだ」

 

 

「だよね、迷うよね」

 

 

「とりあえず色々見てから決めよーかな」

 

 

「だったら一緒に回ろうよ」

 

 

待ちに待ったキャンパスライフの最先端。

 

田舎を出るときに仲の良い友だちから「ひかるは浮足立つと手が付けらんなくなるから、気をつけなよ」って散々言われた。

 

そのときは分かってるってば、軽く返事をしたけど今になって分かる。

 

ドキドキ、ワクワクいっぱいで制御なんて全然出来ないや。

 

 

隣を歩く里奈の肩にちょっかいを出す。

 

 

「ちょっ、ひかるってばテンション上げすぎ!」

 

 

「いいじゃん、いいじゃん」

 

 

「ちょと、手引っ張んないでよ!」

 

 

「私実は前から興味あるサークルあったんだよね」

 

 

「え?なになに?」

 

 

「ほら、あっち行けば分かるよ」

 

 

 

 

 

 

 

「こんちわ、君たち新入生?」

 

 

「あ、はい」

 

 

「ひかる…これって」

 

 

「うちら軽音サークルっていってな、一言で言うとバンド組んで活動しとるんや」

 

 

すげー金髪。

 

わかりやすいバンドマンって感じの人。

 

 

周りにいる人達も派手な格好ばかりだ。

 

 

「良かったら、今日明日と新入生歓迎会やっとるから参加してってや」

 

 

そう言って金髪のお姉さんからチラシを無理やり手渡された。

 

受け取った里奈は若干の濁りを隠すこと無く不器用に笑った。

 

 

予想してたけど、思ったよりも凄くチャラい雰囲気だった。

 

 

 

 

 

「ねえ、アレは無くない?」

 

 

「えーでも、どこも軽音サークルなんてあんな感じばっかりだよ」

 

 

「で、ひかるは行くつもりなの?歓迎会」

 

 

「行こうよー、里奈も」

 

 

「私はイヤだよ、ああいう絡みとか苦手だし…ひかるも止めといたほうがいいよ」

 

 

いい噂とかも聞かないよって、真剣そうな親友の表情を見て一瞬心がぐらつく。

 

でも、大学に入ったらギター弾いてみたいって憧れをずっと抱いていた。

 

それは外せない。

 

 

「ちょっと顔出すだけ、ほんとにちょっと」

 

 

「……本当に?」

 

 

「ちょっとだけだから、行こ?」

 

 

「…まあ、しょうがないな」

 

 

 

そのとき、私は里奈が居てくれればたぶん安心だなんて甘い考えを持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

予想してたことだけど、あまりにも想定してた範囲が広すぎて、昂ぶった気持ちはそれを簡単に許容してしまっていた。

 

 

新入生歓迎会。

 

名称だけなら聞こえの良いありきたりで楽しそうな会。

 

でも、正直言ってこれだけのメンツでそれは建前だけの名前だったって。

 

やっぱりどこかで感じていた。

 

 

目の前に置かれたジョッキ。

 

泡がもこもことジョッキの中で踊っていて、いくら世間知らずの田舎者でも未成年が口にしてはいけないものだとわかる。

 

 

「ほーら、ひかるちゃんもグビっといっちゃいなって」

 

 

「いや、でも…」

 

 

「これくらい普通だって」

 

 

遠くの席で里奈も同じように先輩に肩を組まれてお酒を進められているのが見えた。

 

真面目な里奈なら当然、その手を押し払ってでも拒否しているだろう。

 

それが私の思い描いていたイメージ通り、そうやって払いのける姿が見えてちょっと安心する。

 

 

そのあと、大きな声で「今年の新人はノリ悪いね―」ってどこからか聞こえてきた。

 

感じが悪い。

 

 

でも、そういう目で見られるのはなんとなく恥ずかしかった。

 

田舎者だと思われちゃいそうで。

 

 

「で?ひかるちゃんはどうすんの?」

 

 

「あ、えっと…少しだけなら」

 

 

「はい、じゃあ一気にいっちゃってよ」

 

 

悪いことだとは分かってながら、ジョッキにかける手は止まることはなかった。

 

もう後戻りはできないや。

 

 

 

 

 

気づけば、一杯だけのつもりが先輩に勧められるがままにジョッキを煽っていった。

 

 

自分の意識は半分くらい。

 

目の前がぼやけ始める頃には歓迎会は幕を閉じていった。

 

 

ああ、やっと終わったみたい。

 

そう思って、逃げるように席を立つ。

 

 

そういえば里奈の姿が見えない。

 

腹を立てて先に帰っちゃったのかも知れない。

 

 

フラフラという事を聞かない足をひたすら前に出そうと頑張っていると、居酒屋を出た先で先輩に捕まった。

 

 

「えー、ひかるちゃんどこ行くん? まだまだこれからやで」

 

 

「あ、すみません…でも、友達がいなくなっちゃって」

 

 

さすがにこの次はヤバい

 

ていうか恐い

 

もう帰ってしまいたい

 

さすがに鈍感な私でもそれくらいはわかる。

 

 

「その友達ならもう先行っとるよ。ひかるちゃんも行こや」

 

 

「ごめんなさい…もう気分が悪くて」

 

 

「そんなこと言わんといてや。せっかくの歓迎ムードが台無しになるで?」

 

 

歓迎ムードなんて最初から用意してなかったくせに。

 

 

もう、周りの目なんて気にしてる余裕はない。

 

先輩を無視して歩き出そうと試みるけど、簡単に手を掴まれてしまう。

 

 

「ほら、独りで歩けんやったら手貸してあげるから」

 

 

「…ごめんなさい」

 

 

本当に苦しい。

 

 

誰か助けて…

 

 

里奈

 

 

 

そう思ったとき…

 

 

 

先輩とは違う、反対側の腕を掴まれた。

 

 

急なことに頭がパニック。

 

 

その手は私をガッシリ捕まえたまま反対方向へと走り出した。

 

 

私はわけも分からずつられて走る。

 

 

 

嫌な先輩が遠くに離れていく。

 

それだけで悪い気分では無かった。

 

 

 

 

 

 

 

十分に距離が離れていって静かなところに出たくらいで足が止まる。

 

そのとき初めて私を引っ張ってくれた人物の姿が目に入った。

 

 

綺麗な人…

 

 

ロングな髪が綺麗に靡いて大きな瞳が夜景を鮮やかに反射する。

 

私よりも頭一つ身長が高くて、手を離したときに甘い香りが鼻をついた。

 

 

「あ、りがとうございます」

 

 

「気をつけなよ、あのサークルああいうことばっかりやってるから」

 

 

「あ、その…」

 

 

あのサークルのことなんてもはやどうでもいい。

 

それよりも私の意識は今目の前の人へと集中している。

 

 

口ごもって上手く言葉が出てこない。

 

 

「じゃあ、後は一人で帰れるよね?」

 

 

「はい…あ、その」

 

 

「それじゃあ」

 

 

胸のどきどきが止まらない。

 

 

後ろ姿も綺麗だなって、いつまでも歩く姿を眺めているとLINE通知音。

 

里奈からだった。

 

「今どこにいるの?」

 

それだけ。

 

 

 

一瞬、それだけを確認してまたその人に視線を戻すと、もう姿は暗闇に消えていって見えなくなった。

 

 

まだ胸のどきどきが続いている。

 

 

 

はっきりわかる。

 

 

 

 

一目惚れだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く。