素肌に当たる毛布と柔らかい敷布団の感触が心地いい。
目覚めたときにとなりにいる存在を照らしてくれる太陽の光。
愛する恋人の可愛い寝顔。
その姿を認識するだけで心温まる。
「おはよーございます」
「おはよ」
「まだまだ眠そうですね?」
「…ひかるちゃんのせいだよ」
「え?なんて言いました?」
「ううん、なんでも」
目覚めたばかりの由依さんは普段以上に気だるそうな様子だ。
そんな恋人の私だけが見ることを許された仕草や表情。
由依さんの隣りの位置が私のものになってからもう半年以上経ったけど、未だに独占意識は身体の中から抜け出すことはない。
この瞬間はいつもより甘えたくなる。
布団から出ようとする由依さんの手を掴む。
「由依さーん、どこ行こうとしてるんですか?」
「シャワー浴びようかなって」
「まだ起きたばっかだから離れないでくださいよ」
「えー、昨日の夜からずっとくっついてるじゃん」
「寝起きは特別、なんですって」
「しょうがないなー」
こうは言うものの、由依さんは私のわがままには決まって優しく接してくれる。
毎週末にどちからの家に潜り込んでは、こうやっていちゃいちゃを繰り返すだけの日々。
私はもちろん、実は由依さんだってベタベタするのは嫌いじゃない。
むしろお出かけを嫌って家でまったり過ごそうというのは由依さんの希望あってのことだった。
里奈には家でいちゃいちゃばっかりじゃなくてたまにはどっかにお出かけしなよ
って余計な茶茶を投入されることもあるけど。
他でもない恋人の性質とあってはこればっかりはどうしようもない。
「もう少しこうしてたいです」
「いいよ、私も」
「やった…」
もう、幸せ過ぎる…
私からしたら由依さんがインドアで出不精だろうと引きこもりだろうとどうでもいい。
隣でこうしていられるだけで後は何もいらない。
一緒に過ごせるだけでこんなに幸せなんだから。
「ひかるちゃん、そろそろシャワー行かせてくれる?」
「行ったら寂しいです」
「すぐ戻ってくるから」
「すぐですよ?」
「はいはい」
去り際に、子供か!って軽くおでこを突かれて笑われる。
ああ、好きだな…
この気持ち、どこまでいっても収まらないな。
大学に行ってもなんか気持ちがふわふわしたままで、余韻に浸って里奈に惚気ったらめっちゃ嫌がられたし。
ピロン
布団の中で由依さんを待っていると、突然サイドテーブルに置いたスマホが音をたてた。
あ、由依さんのスマホかな
そう思ってチラッと画面を覗いてみると
> 久しぶりにこっち戻ってきたから、今度会えない?
画面に写った内容は私を一瞬にして驚愕させた。
文章はさほど驚くようなものじゃないけど、相手の名前を見て一瞬で理解した。
理佐
と、そこには書いてある
これってたぶんあの”渡邉理佐”だ。
前に気になって一度調べたことがある。
といっても由依さんと仲の良い友達に思い切って質問してみただけなんだけど。
由依さんは元々ジャズサークルに所属していて、この理佐って人はそこの一つ上の先輩だったらしい。
その人は一年くらい前に音楽を追ってアメリカに留学したって話しだけど。
聞いた話によると、その直前に二人はちょっとだけ付き合っていた期間があるとかないとか。
もし、由依さんが言った「忘れられない人」がその人なんだとしたら…
いや間違いなくその人なんだろうけど
もし、その人が帰ってきたことで由依さんの気持ちがまたそっちに行ってしまったら…
私の不安はどんどん大きくなっていくばかり。
サークルの仲の良い先輩後輩が会って話しをするくらいなら別におかしな点なんてないんだけど。
もしよりを戻す方向へ進むようなことがあるならば…
私はそれを絶対に阻止しなければならない。
この幸せな時間を奪われないためにも。
シャワーから出てきて早々スマホの画面をじーと覗き込んでる由依さんを前にして、私は決心をした。
◇
次の週末、珍しく由依さんが外出する用事があるなんて言い出した。
一瞬で理解した。
あの人に会いに行くのだろうと。
聞いたら普通に答えてくれそうけど、私は誰に会いに行くかとか聞くことはしなかった。
由依さんに怪しまれるのは避けたかったから。
凍てつくような風が吹く町中。
私は厚手のコートに身を包んで由依さんを尾行することにした。
待ち合わせと思わしき場所で由依さんにも引けを取らない美人な女の人が現れた。
間違いない
LINEのトップ画でツーショットを飾っていた人だ。
二人は会うなり、小さな挨拶を交わしただけで歩きだしてすぐ喫茶店に入った。
隔たりが設けられた二つ先のテーブル席で待機することにした。
客数が思ったより少なくて、会話は微かに聞き取ることができる。
「変わってないね由依」
「理佐も全然、前のままだね」
「うんそうだね。…元気だった?」
「まあぼちぼちかな」
「なにそれ、…由依らしい返し」
レトロな内観の中、オシャレなBGMに混じって微かに二人の笑い声が聞こえてくる。
疑うまでもなくいい雰囲気に少し焦りが生まれる。
背伸びして頼んだビター系コーヒーを喉に押し込むけど、予想以上の不味さに不快感さえ覚えた。
「…ベースちゃんと弾いてる?」
「あぁ。私実はもうやってないんだ」
「え、なんで?やめちゃったの?」
「…なんでだろう」
「もしかして…私のせい?」
「違うよ」
そういえば、由依さんはジャズサークルでベースを弾いていたんだっけ?
部屋に上がりこんで一番に目を惹くほど存在感を示していたあの楽器。
確かに、少なくとも私と付き合いだしてからは演奏している姿を見たことはなかった。
理由はわからなかったけど。
「ねえ、もし由依があのときの私とのことを気にしてるんだったら…」
「だから気にしてないって…」
「だったら、なんでやめちゃったの?」
「別に。続ける理由がなくなったから」
さっきまで穏やかな表情で話しをしていたその人の様子が変わった。
そろそろ本題を切り出すのが離れている私にも手にとるようにわかった。
「私、向こうで本格的に演奏チーム組んでやることになったんだ」
「…良かったじゃん」
「でも、ベース弾く人がいなくて困ってるの」
「……」
「それでさ、是非由依に来てほしいって思ってる」
…!
きた
由依さんを連れて行こうとする決定的な言葉。
だんだん心拍音が高まってきて頂点に達しつつあった。
カップを握る手に力が籠もってブルブル震える。
「私よりもっといい人いるんじゃない?」
「そんないないよ。由依くらい弾ける人」
「そんなこと…」
「あるよ。ねえ、前みたいに楽器持って一緒にやっていかない?私との関係も元に戻して」
「元に、って?」
「また由依と付き合いたい」
――!!
予想してたことだけど、こんなはっきりと来るとは思っていなかった。
由依さんと付き合いたいって言った。
由依さんはこの人のことが好きで、この人が留学してからもずっと忘れられないで、音楽も捨てて。
思い悩んでいたその全てが戻ってこようとしている。
恐い…
震えが止まらない。
由依さんはなんて答えるつもりなんだろう
聞いてられない…
居ても立っても居られなくて、私は千円札をテーブルの上に置いてお店を飛び出した。
続く。