その子と真剣にお付き合いを重ねるようになってみて初めて、立場の違いという主義について真剣に考えるようになった。
社会人って…。よくいう学生との違いってなんだろうな?
それはやっぱり居るべき場所の選択肢の多さだろう、と今なら頷ける。
彼女は大学生で、いつも私の部屋に居るわけじゃない。
普段あんまりお互いのことおしゃべりするような仲じゃないから、いつどこにいたのだとか、誰と何してるのだとか。そういうのを彼女の口から聞いたことも問うたことも無かった。
きっとアルバイトだってしてるし、夜だっていろんなところに行って友達と楽しく騒いでいるだろう。
もしや誰かの場所に上がり込んでは、同じように恋人を演じているのかもしれない。
でも学生ってそういうものなんじゃないかな。
居場所は一つじゃない。コロコロいろんなものを衣替えしながら大人への階段を登っていくもの。
いつしかそのミステリアスな雰囲気に魅力を感じてアプローチかけたときも、私はあらぬ期待は持っちゃいなかった。
ただひとつ、彼女の羽休めに私の居場所を提供してあげただけ。
大人の余裕というやつだ。
両手広げて温かいスープでも用意して、彼女の気にいるであろう趣向に気配せして。
おおらかな心地で迎い入れてあげてるつもりだった。
だったけど……
いつの間にやら私の中で彼女への依存は大きくなってしまっていた。
困った。
仕事中も彼女のことばかり。
だって社会人ってつまんないんだもん…
今日は来るかな?
今何してるだろうか、お金には困ってないだろうか、とか。
少しだけでもいいから顔出しにきてくれないかな。
両手に握りしめたスマホからは着信の合図はやってこない。
寂しい。
なんでいつも突然やってくるくせに、連絡を取り合うのは嫌うのだろう。
変なポリシーってやつ?
それともただ単に面倒くさいのが嫌いなだけ?
もうこっちは日常にあなたの存在が必要不可欠になってしまったというのに、そっちはまだ違う。
きっと私なんて何番目かの女で。
他の子と上手くいかなかったときに都合よく生じる関係、それだろう。
そうだとある程度の確信を持っていてして彼女に詰め寄らないのは、きっとその関係すらも大事で仕方がないからだろう。
彼女に嫌われちゃうのはイヤだ。
私には彼女しか無い。
こんなつまらない仕事なんて、人生のおつまみにすらなってはくれない。
願うしかないのだ。
彼女が私のもとへ頻繁に足を運んでくれることを。
そして居心地のいい場所だなと、都合よく思ってくれるだけ、それだけでいい。
そんな私の希望のもと、疲れた身体を引きずりながら玄関を空けた目線を下ろした先にちゃんとある彼女の靴。
何日ぶりに思いっきり目を開いたのかはわからない。
わからないけど、きっと久しぶり。
ドタドタ真下の住人への気遣いなんてなんのその、リビングのソファーでくつろいでいる恋人に思いっきり抱きついた。
どこが大人の余裕だ、なんて。
「飛鳥ー!来てたんだー」
「うわっ!…なっに、テンション高くない?」
「全然来てくれないから…もう野垂れ死んじゃってるのかもって思ってた」
「はぁ?そんな簡単に死ぬわけないでしょ」
まあ、そいつはそうだ。
飛鳥は本能だとか、哺乳類の中では実は人間が生存意識に飢えている生物なんだぞとどこで覚えたのかも知れない難しい話しをするのが好きだ。
いつもならへぇー、と適当な相槌を打つであろう呟きにもうんうん頷けそうなほど恋人に飢えている。
とにかく、私は今飛鳥を堪能したい。
もう象った大人の体裁なんていらない。
そんなもの、実は飛鳥にはとっくに見破られてるだろうから。
だから、出来るだけ堪能できる濃い行為がしたい。
飛鳥に言わせれば「人間って単純な生き物」だね。
線の細い身体をソファに押し付ける。
黒地のパーカーに包まれた身体から彼女の匂いがしてくる。
部屋からはとっくにその匂いが消えちゃってたから、その陽動で私の中の大人はどこかへ消えていく。
「みおな、って!…よゆー無くない?」
「うーん、ないかも」
「なんでっ…真顔で答えんな」
「ごめん、久しぶりに飛鳥と会えたから余裕無いのは本当」
「…認めやがった」
◇
なんだか幸せな気分。
朝起きて仕事行って夜寝るためだけに家に帰って、また朝起きて。
その繰り返しの日々では感じられない幸福感というやつ。
つまんない日常の中で隣りに大好きな人の存在がある。
それだけでキラキラ視界が輝いてくるのだから、きっと飛鳥が私の人生のピースに違いないって、そんなこと当たり前。
今になって執着心は最高レベルにまで高まってしまう。
それこそ、気をつけるべき事柄も忘れてしまうくらいに。
ベッドのそばでバタンキューとなってる可愛い飛鳥に語りかける。
「ねぇー、飛鳥今度はいつ来るの?」
「んー、気が向いたら」
「気が向いたらって…」
「私だっていつも暇じゃないんだから」
「暇でしょ…」
「だから暇じゃないって」
なんでよ…
さっきまでのラブラブな雰囲気が飛鳥のその素っ気ない態度で台無しにされたようで…
いつも以上に大人でいられなくなった。
「だいたい、飛鳥は神出鬼没過ぎるんだよ。こっちだって社会人なんだからいろいろあるのに」
「いろいろって?」
「だから…ほら。残業だってあるし、上司にも気を遣わないといけないから、飛鳥のわがままばっかりに構ってあげられないの」
「何それ…」
「飛鳥は自分勝手すぎるよ」
そこまで言葉が出て、ハッと息を呑んだ。
飛鳥が目を見開いて怖い顔してる。
やってしまった…
今までは違うと思っても自我を押し付けることなんてしなかったのに。
急に我を忘れて愚痴を零すなんて…飛鳥だってびっくりしてる。
飛鳥は驚く表情を辞めて、ベッドの端へとするする移動する。
ヤメて
言わないで、その先は
さっき漏らしたのはきっと何かの間違いだから。
だから、私を気を遣わなくていい都合のいい女枠に残しておいてお願い。
「未央奈は大変なんだね」
「違うよ…」
「社会のしきたりってやつ?お子様な私には全然わかんないけど、そうでしょ」
「飛鳥違う聞いてっ」
「そういうのと毎日闘ってるから、私はその気休めってわけ」
弁解のしようも無い。だって最初はそうだったのだから。
どうせ大学生との恋なんて、都合の良い気休め程度に考えてるくらいが丁度いいだろうって。
飛鳥は立ち上がって私に背中を向けた。
「面倒くさいのはヤメよ、って言ったの未央奈だったよね」
◇
飛鳥は何かに依存するタイプでは無い。
すぐに別のものととっかえひっかえして好きなものだけ残していくタイプの人間だ。
ひとときだけそのとっかえの対象が私だったってだけ。
いつまでも離されないようにって、慎重に飛鳥の好むままでいようとしてたのに。
今までずっと、そんな彼女にとって魅力的な大人を装っていたのに。
こっちから飛鳥を拒否するような言葉…
きっと飛鳥はもうここには来ないだろう。
次の日の朝、休みの日だっていうのにどこにも出掛ける気になんてなれない。
部屋の中に微かに残った飛鳥の残り香。
それが消えてしまう瞬間まで、妄想の中で飛鳥と後悔とを抱いているであろう。
枕の柔らかさの中にまた、飛鳥の匂いが残っていて苦しくて。
それを涙で濡らした。
「おい、こら」
枕を抱きしめてると飛鳥の幻想まで感じてしまうようになったのだろうか。
どれだけ好きだったんだよ、私ってば。
「おーい」
「え…飛鳥!?」
「そうだよ、飛鳥だけど」
「なんで?もうここには来ないんじゃなかったの?」
「私そんなこと言った?別に来ないとは言ってないし」
幽霊でも幻想でもないどうやら本物らしい飛鳥は、やけに大きなキャリーバッグを寝室のタンスの横に付けた。
どすどすって、まだ他にも大きめのカバンも一緒に。
「なにその荷物…」
「あのさ…私ってどうしても自分勝手なのが抜けないからさ、教えて欲しい」
「教えるって」
「大人の余裕ってやつ?それで私を未央奈好みに矯正してみせてよ…」
しばらくここに住むからさ、って飛鳥は図々しく笑ってみせた。
「え、私は捨てられるんじゃないの?」
「捨てるわけ…そんな遊び人みたいな目で見てんのかよ」
「違うの?」
「違うって…何言ってんの」
飛鳥はベッドのそばまで歩いてきて、私の背中にお尻を乗っけてその手で髪を撫でた。
「昨日、未央奈に言われて確かに自己中だったなって気づけたから…」
「から?」
「これからは未央奈に捨てられないように努力します」
「……」
「あ、矯正って言ってもえっちな意味じゃないからな…」
いや、それフリでしょ。
明らかに狙った言葉の数々に、私はようやく身体に力を入れて飛鳥を振り落とした。
ベッドに仰向けに倒れる飛鳥。
戻ってきてくれてありがとう…
でも、それは口には出して言わないことにする。
言えば、大人の余裕ってやつ?が疑われちゃうからね。
「あ、そういえばさっき未央奈泣いてたよね」
「…ぅ」
大人の余裕ってやつ
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タマテアさんからのリクエストで
「ヌロワンヌのシリーズものとは別のあしゅみおなで、喧嘩ものか第三者目線」
というお題だったので、『喧嘩もの』を書かせていただきました。
喧嘩もの、とは言いつつ大好きなお二人だったので…
自然と衝突具合が緩やかになってしまいました、すみません。。
とはいえ、このリクエストにより
初のリアルじゃないあしゅみおなが生まれることとなりました。(∩´∀`)∩ワーイ
他にも学パロとかいただいておりますので、ゆっくりとお待ち下さい。
改めまして、リクエストありがとうございました。