行人句抄 に添えて
伊藤海彦
(前略)
ここにとりあげた二十句は、詩人自身のえらんだ五十句と重複しない作品ばかりである。棄てたものをまた拾うな……と先生にお叱りを受けるかもしれないが、本人が善しとしたもの必ずしも最上の作とは限らない。私にしてみればこの二十句のほかになお数多くの佳品があってえらぶのに苦しんだほどである。作品としてすぐれていることは無論だが、それに加えて信州富士見とそこに生きた詩人の日々、 あのいい難い清冽な時間をになっていると感じさせるものを私は選んだ。敗戦直後のザラ紙の日記帳やノート、その変色した頁に認められた水っぽいインクの文字。それは私を涙もろい青年にひき戻すには充分すぎるものだった。
私は先生の句を今ここで解説したいとも思わないし、その分でもないが、ただ
ひとこと書いておきたいと思うのはその率直な美しさである。いかにもこの詩人の性情を表わして妙にひねった所がない。奇をてらった現代風からは遠く、むしろ形は保守的だが、その言葉の切り口は鋭くさわやかである。専門俳人の作とも文人俳句とも異った視線がそれを支えていると私は思う。昭和十九年頃から打ちこんで、二十二・三年頃に最も熟した領域へ入った尾崎喜八の俳句。それは詩人に改めて言葉の抑制を教えたのではないだろうか。たとえ他の事情がなかったとしても、詩人の俳句はやがて「花咲ける孤独」の詩群のかげに吸収される運命にあったような気がする。(昭和60年・私家版)