六十歳の秋(昭和27年)足掛け七年の富士見分水荘の生活を終わり、東京上野毛に戻るのだが、それからはほとんど句作はしなくなった。二・三年夏に仕事を持って分水荘に逗留していたが、その折以前親しくしていた土地の方達の句会に招かれて少しは詠んだことと思う。
しかし東京には前出の、坂本波之さんや蛭田石尊さんが待ち受けていてくださった。 きっと信州恋しの心を慰めてくださるお積もりだったのだろうと私は思う。
行人句会と言うメンバー五人の会をつくり、年に一度集まって句会を開いていた。波之さん・石尊さんの肝入りで、料亭に尾崎夫妻を招き、その日は全員夫人同伴での句会で、互選であったように聞いている。尾崎宅には何も記録は残っていないが、四五十年経ってから名古屋の堀さんが手に入れたそうで、巻紙に達筆で全員の句が書かれたものを、コピーして贈って下さった。残念なことにあまりに達筆なので解読できず、どれが何方の句か書いてないので、そのまま眠っているしだいである。この会は『十三夜の会』となずけられ、お一人ご健在の方が、今も懐かし気に語ってくださる。
春分の 入日笹子に 今滾つ (たぎつ と読む)
これは東京上野毛の書斎の窓から見た句。
以上で俳句とはお別れしよう。
