河童には甲羅がある。
ちくしょう、オレに背を向けていやがるんだな。舐めやがって![]()
河童が瓢箪を両手で支えている。
その瓢箪の口が注ぎ口となっている。
なんとも風流な徳利の形。
いや、そんな事を言っている場合じゃない。
オレは大下と国分の間に座り、そんな一人ノリツッコミをしていた。
右に国分、左に大下。
今のこの状態の大下は、間違いなく大下ではない。
彼の凄いところは、実は意識が無いのに、普段のように見えるところだ。
新入生の新歓合宿の打ち上げでのこと。
同じサークルの一年生9名が、横一列に座らされる。
オレたち一年生の前に、二年生が一人に一人ずつ並んで座る。
二年生の方が一年生より3人数が多いので、3人はあぶれる。
3、4年生は、寛いで、そ知らぬふり。
この打ち上げの前に、二年生からアドバイスを受けた。
「チーズを食っておくといいぞ。胃に膜が張るからな。」
![]()
どんな科学的な根拠があるのだろうか。
ちなみにオレは、チーズが大っ嫌いだ。
だから、そんなものの力など借りなくとも、生き残ってみせる・・・・しかない。
しかし、こう横一列に並ぶと、
「食っとけば良かったかな・・・・」
という後悔の念が沸いた。
でも、チーズを食った途端に、飲む前にもうゲロンパであろう。そりゃ、無理だわ。
とうとう、打ち上げ開始。
二年生がそれぞれ、目の前の一年生の湯飲みに酒を注ぐ。
一升瓶には「鬼殺し」や「剣菱」のラベル。
どれも二級品だ。
それを一気に飲む。
すると目の前の二年生は、左にずれた。
オレの左は、小森。早生まれの同い年の男だ。
大下は、その左にいる。
オレは湯飲みを一気に飲み干し、顔をしかめた。
すると右前にいた二年生が、オレの前にやってきた。
一年生イジメのベルトコンベアーだね。こりゃ。
また一気に飲み干す。
左の小森が、ここでバーストした。ゲロンパだ。
例のゲロ袋に首まで突っ込んでいた。
でも、オレは我慢した。
なんだか、ゲロ袋は負けの象徴のような気がしたからだ。
何故か、対抗意識が沸いて来た。
そんなベルトコンベアーの流れが、延々と続く。
バースト一年生が続出した。ゲロンパ。
オレは一年生の中で最後にバーストしようと決めた。
そう。変な話だが、オレにとってこれは根性比べだ。
続々と離脱者が増えていく。アーメン・・・・
最後に残ったのは、オレと・・・・
大下だ。
コイツは同じ愛知県出身。岡崎の男だ。
ただ年齢はコイツが二つ年上。二浪の末、大学でオレと同学年となった。
でも、そんなの関係ねえ。
その当時にそんなギャグはなかったが、コレはオレと大下のタイマン。
オレのそんな意識には目もくれず、大下は余裕綽々の顔をしていた。アホや、こいつ。
正直、オレにはこの時点でこんなアホ顔でいられる余裕は、微塵もなかった。
でも後で聞いたのだが、大下はもう既に意識がなかったらしい。
このときのオレは、そんなこと知る由もない。
ただただ、「この勝負、負けたくねえ・・・・・・」
・・・・・・気付いたら、昼だった。
そうか・・・・負けたのか・・・・・・
それにしても気持ち悪い。二日酔いだ。
悪い酒の二日酔いは、収まりが悪い。
合宿からの帰りの汽車の中。
向かい合って座っている大下のヒザにバーストしてしまった。ゲロンパ。
そんな事を思い出した。
だから分かる。
今の大下は、きっとトンデいる。
明日には、記憶が無いだろう。オレが今ココに来たことさえも。
だって今のコイツ、あのときのアホ面そのものだもん。
お、恐るべし。大下。
「まあ、いしから~。いいからのめ~。」
「は、はい。いただきます。」
一気に飲む。ちょっと毀れた。
「てめこの~。さけのいってきは、ちのいってきらぞ~」
酒の一滴は、血の一滴といふ。
二杯目が注がれた。左の大下は、目がイッテいる。
一気に飲んだ。まだ合宿の時の酒のほうが、飲みやすい気がした。
河童よ、今日のお前も容赦ないな。
でも、まだバーストしないぞ。
3杯目も耐え切った。
「河童はつれえな。国分。」
「ああ、でもオレはタコよりマシだと思うぞ。」
居酒屋Mのタコ。
タコがニュルっとした格好の徳利で、タコ足の先が注ぎ口だ。
これも風流な徳利の形状。でも、中身はマズイ。
ついでに、居酒屋Kのフラスコ。
先の2例でも分かるとおり、日本酒がフラスコに入っているだけだ。
こっちは風流でもないし、とにかくマズイ。
オレは今まで、国分のように「タコよりは・・・」とか、「フラスコよりは・・・・」とか、考えたこともなかった。
とにかく、どれもマズイからだ。
「そうかな・・・・」
と思ったオレに、一番右端にいた間波が手を合わせていた。
ゴメン・・・・・
と言いたいのだろう。
いいよ、いいよ。お前なりに辛かったのだろう・・・・・
国分は、北海道の北端、稚内に近い遠別町出身。
オレと同い年である。
進学のため、高校時代から札幌で一人暮らし。
人口よりクマの頭数が多いという街で生まれ育った割に、頭がキレる。
なかなかいい男で、佐藤浩一似と言ったところか。
間波は旭川出身。
高校まで実家のある旭川で住み、大学から小樽で一人暮らし。
大下と一緒のアパートで、大下の部屋の二つ隣に住んでいた。
国分は長身だが、間波は低い。150センチ台だろう。
軽音楽部にも所属し、ベースを担当するナイスガイだ。
でも、異常なまでの気の弱さが、彼の最大の欠点。
押し切られやすい。オレも、彼を何度も強引に押し切ったことがある。
・・・・・・左の大下は、絶好調だ。
何も聞いちゃいないし、何も察しようとしていない。
でも見た目正常に話しているし、ヘラヘラ笑っている。
放って置こう。
「なあ~石川~。明日お前、体育あるの~」
大下の左に座る、小森が話しかけてきた。
「ああ。明日は諦めなきゃな。」
「なにいしから。あした、すきぃなのか」
菊井が入ってきた。
「はい、そうなんです。」
じゃ、しょうがないな。お前は、もう帰れ。
と、言ってくれるのを期待した。
「なあに。そんなのでなくてもかまわん、かまわん。おれなんか、さんねんやったぞ~」
お前と一緒にするな。
そもそも体育の授業は、2年生までで終わるのが正常。
3年かけて体育やりたくねえよ。
「オレなんか、二日酔いでも滑ったぞ」
竹山まで。
「気合だろ。」
「は、はあ・・・・そうですか・・・・」
「まあ、なんとかなるでしょ~」
長谷だ。
ならねえよ。もう次はないんだよ。
酔っ払いの相手は、始末に負えねえ。
でも、オレもそろそろ河童の妖術にはまってきたようだ。
つづく。