ドラゴンボールの魅力(スカウター編) | ぬめんちょ君、かく語りき

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「面白いものはどうして面白いのか?」を分析するのが昔から大好きでして、今では完全に習い性になってしまっています。
前回の記事で「ピッコロ大魔王ごっこ」の動画をUPしたこともありますし(その動画はこちら)、今回は「ドラゴンボールの魅力(スカウター編)」について考えてみたいと思います。






「ドラゴンボールの魅力」は数あれど、何と言ってもまずは「戦闘力」を挙げなくてはいけません。
テストの点数や偏差値なら数値として把握するのに慣れていますが、戦いの強さを数値化できるだなんて! これはかなり興奮しますよね!!

「戦闘力」を測定する装置=「スカウター」の登場シーンも非常にうまいんです! ドラゴンボールの世界で初めて戦闘力を測定されたのは、片田舎で農場を営んでいる地球人の男性なのですが、まず導入として「平均的地球人(つまりドラゴンボールの読者)の戦闘力はこんなもんだぞ」と提示する。これが非常に巧妙な仕掛けになっていると思うんです。

この部分を読んで多くの読者は「オレの戦闘力って一体いくつくらいだ?」と疑問に思ったと思うんですよね。「農場経営はそれなりに体力を要する仕事だろうから意外と戦闘力高そうだな。。するってぇと、僕の戦闘力は4くらいか?」とかね。
これによって、読者はグーっと「スカウター世界」に引き込まれたに違いありません。
「戦闘力たったの5か、、、ゴミめ」というラディッツのセリフを正確に暗唱できる読者が多いことがそれを物語っています)





「戦闘力」の導入は、ただそれ自体がインパクトがあって刺激的だというだけでなく、ストーリー全体にも大きな影響を与えています。



パッと思いつくものを、3点挙げてみましょう。





【本格格闘マンガに】

まず言えるのは、「戦闘力」というネーミングに引っ張られるようにして本格格闘マンガとしての性格が色濃くなったことです。

ラディッツがスカウターを装着して地球に降り立つまで、ドラゴンボールの世界での格闘は娯楽性の強いものでした。天下一武道会だって興行的な性格のものですし、格闘の際に繰り出される必殺技の数々もコメディ要素をふんだんに取り入れたものでした。

しかし、スカウター以後の世界では、格闘は「生死を賭けた戦い」に変わっていきます。

それも、「戦闘力」という言葉の強さの牽引力によるのでしょうね!




【敵キャラ戦闘力のインフレーション】

「戦闘力」という概念の導入によって、戦闘の質も変化しました。

それまで「天下一武道会」や「ピッコロとの一騎打ち」など、戦闘と言えば「悟空 vs 敵キャラ」という構図が一般的でした。

しかし「戦闘力」を測定できるようになると、力関係が一目瞭然となり、1対1の直接対決はその世界には馴染まなくなります。

すると、必然的に「チーム戦」をさせることになる。
言い換えれば、敵は悟空たちが力を合わせてやっと倒せるくらいの強さを備えている必要があるのです。

その帰結として、敵キャラはどんどんとバカ強くなっていきました。
強い敵キャラも、それにチームで挑む姿勢も、ドラゴンボールの魅力の一つですよね!





【サブキャラの台頭】

複数でチームを組んで敵キャラに挑むにしろ、そこそこ悟空の戦闘力が高くなくては負けてしまいます。まぁ、強くない主人公ってのも格好悪いですしね。。
でも、相手はバカ強くなっているわけですから、それに追いつくには並の修行じゃ足りやしないわけです。
ですから、「界王星での修行」「サイヤ人は深いダメージから回復すると戦闘力が飛躍的に上昇する」という設定が導入される必要があったのでしょう。

さて、これらの修行超回復によって、敵の戦闘力インフレに合わせて悟空の戦闘力も上昇するわけですが、その要件は悟空が表舞台から消えることです。

スカウター以後の世界では、悟空はホントによく消えます!!

そして、悟空が修行や回復のために消えている間、敵と戦うのは悟飯クリリンピッコロなどのサブキャラです。

これによって、戦闘経験を積む機会が増えてサブキャラ達の戦闘力が上昇したのに加えて、主役並みの機会を与えられることによって、キャラ立ちも果たしました。

スカウター以前の世界のサブキャラ達(亀仙人やらウーロンやらヤムチャやら)とのキャラクターの厚みの違いは歴然です!!





「戦闘力=スカウター」の魅力について語るよりも、どちらかと言えばそれが与えた影響について論じてしまいました。。

別の魅力についても書いてみたので、よろしければこちらもどうぞ。。
⇒⇒⇒ 「ドラゴンボールの魅力(「可視化」編)」