沼津でいこう。ameblo版 -2ページ目

沼津でいこう。ameblo版

良いも悪いも沼津を愛せばこそです。

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詳細は内緒だけど・・・。
近々コイツがピョコピョコ動くぜ~!!

リスナーさん達の多大なるご支援と、
俺のささやかな才能(?)の融合。

沼津北口さんはとっくに居なくなったけど、
彼の霊(たましい)は変わらずに火を灯し続けているのさ。

ふむ。
ライブだったか、showroomだったか忘れちゃったけど、
我らが 『蒼木鞠子』 師匠が言ったのです。

鞠「みんなに歌って欲しいにゃん!(意訳)」

ふうむ。鞠子師匠に「歌えよ!(意訳)」と言われたら歌わないワケにはなりますまい。
てなワケで、恐らく!きっと?世界で初めて?!吾輩が歌ってみましたヨ~!!


てーか、我ながらヒドイぜ?ナニこれ??(汗)
まあ、ダメな理由はいくつか思いつくのだけれど、列記するなら以下の通りです。

・キーが変えられない。
・演奏音が小さくてマイクの声が強調されてしまう。
・歌詞カードが無い。

・・・むー、そんなモンかな??
キーが合わないので、ビブラートもクソもないしなぁ。まあ、そもそも俺が音痴って事なんだけど、
タイアップがもっとBIGになってカラオケマシンにセットされてくれていれば問題は解決!!

まあ、とりあえず超高品質のホンマモン!(『蒼木鞠子』 師匠歌唱)を聴いてみて!!


てーか、どうよ?このさらし首加減・・・。

まあ、目的は俺が気持ちよく歌うことより・・・そう!!気付いた?!
蒼木鞠子師匠歌唱の動画に輝く 「湘南マラソン(翻訳)」の文字~!!

=超~緊急告知==============================================================================

第11回湘南マラソン、大会会場内、二宮寄りの屋外ステージで、
大会オフィシャルテーマソングに応募した全168曲の中から、
優秀曲の9曲が生ライブでランナーを応援しちゃうんだって!!

その中の名誉ある一曲が、
上記の音楽ユニットタイアップ 『助き~tasuki~』 なのです^-。

2016年12月4日(日) PM14:30くらい。つまりは 明日!!

詳細は以下のHPを覘いてみてくだされ~!!

■湘南国際マラソンHP

■SHONAN HAPPY LIVE 該当ページ。

■蒼木鞠子師匠(ボーカル・作詞)ブログ&Twitter

■Dr.中西崇文(ピアノ・作曲)個人HP

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てーかさ。
北口がなんでこんな恥をかいたかわかる??
そんなの鞠子師匠に媚が売りたいからに決まってんじゃ~ん!!<やや本当だけに切ない(汗)

と、それはさておき、タイアップのライブは胸がすくようで本当に良いです!!
是非、明日、旧大磯ロングビ-チでボクと握手!!<ボクは鞠子師匠ではなく、北口です~(冷汗)

んで、極端な北口さんフリークにささげるリンクはコチラ!!

3年前にボランティアで参加してたんだよなー、懐かしす。

尚、12月15日(木) 高田馬場 ライブハウス Mono で行われるライブは、
きっとほんのちょっとだけチケットが余っているのかも??(元・北口予想)

詳細が知りたい方は鞠子師匠のTwitterにコネクト~!!

んー、なんかやり切った感があるわ~。
後は著作権がどーとか言われないといいなーと、祈るばかりだよ~(トホホ)

ともあれ、音楽ユニットタイアップ、オススメです~!!
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※久々に長~い記事です!

北口さんは無趣味(=多趣味?)な人間です。
そんな数少ない趣味の中でそれなりに熱いのが絵画鑑賞です。

最近だと『ピエール=オーギュスト・ルノワール』と『メアリー・カサット』を見ました。
中学生の頃から憧れていた『ルノワール』の『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』を見た際には、
なんだろう。「ずっと想い焦がれていた岡田有希子に出逢えた」的な感動がありました。
そう、有体に言えばチビッちゃったのです。嘘です。

でも、絵画が好きだからと言って画家なら誰でもどの絵でも感動するワケではありません。
まずは馬鹿な目線で「北口さんで描けそうか描けそうでないか」で絵の良し悪しを判断します。

いやね、本当は書かないし、書けないかもしれないけど、北口さん程度でなんとか模写できて、
それらしいサインを入れたらサマになっちゃいそうなら大したことないと判断するのです。

だってね、最後は好きか嫌いかだけなんですよ、絵画って。
だから、海外では評価の低いイルカの絵が好きだって、それはそれでいいのです。

そもそも、日本の絵画の評価って画壇に入り、師匠に師事し、展覧会で入選してナンボ。
そして画家として認められたら「何号いくら」って、つまり、絵の大きさで金額が決まります。

柔らかく言うと、要は「人間関係を紡いで、大きな絵を描くと儲かる」って仕組み。
そういうの、キライなんだよなー。
極論言えば、抽象画家がバケツひっくり返せば100万円とかになっちゃうかもしれない!?
※もちろん、そんなの見抜かれちゃうし売れないでしょうから机上論ですが、事実ではあります。

だから、大上段に構えて言うと、北口さんが認めた油絵画家は「鴨居玲」と「工藤静香」だけです。
※スミマセン、どっちかは嘘です(汗)

いやー「鴨井玲」は頭おかしい(誉め言葉)ね。あんなに深い闇の絵は描けない。
初期の抽象画は明らかに適当に書いているけど、デッサンキッチリと取ってあの暗さはない。
集大成と言われる「1982年 私」 はどっからどう見ても最高傑作です!!!
おっとっと、今日語りたかったのは鴨井玲じゃなかったー(汗)

今日触れたいのはカラーボールペン叙情画家(でいいのかな?)の『澁谷たかし』さん。
ボールペン画ってーのは確かにあるんだけど、カラーボールペンってかな~り聞かない。
ちょっとっしたキッカケ知ったんだけど、いやはや、これはかなりスゴイ!!

で、冒頭の絵画(笑)を見て「大したことないじゃん」と思ったアナタ!!

大正解!!

上の絵は北口さんが高校二年の時に描いたアクリル画で、
「新潟県中頸城郡板倉町国川」という作品でした~。
美術教師評は「いいね。でもチューブから出された色が多い。混色すればもっと良くなった」との事。
バレたか~、てーか、殆ど緑と黄緑にちょっと白と茶色混ぜたくらいで混色していないもの(照)

カラーボールペン絵画は逆の発想で、限られた色数の中でいかに深みを出すか。
混色ができないボールペンだけに、恐らく「ハッチング」とか「カケアミ」って技法で、
深みをだしているのではないかと思うのですが。
まあ、素人の僕の講釈はこれくらいで、下の動画を見てください。キレイでビックリしますよー!


カラーボールペン叙情画 (ヨーロッパの美しい風景)

見ました?ね、スゴイでしょ。こんなの描く技術も、根気も無い。ワケがわからん~(誉め言葉です)。

=澁谷たかし===========================================================================

静岡市清水区の元中学校美術教師で、絵画教室主宰の渋谷隆史さん(64)が7〜13日、
独自に画法を確立したカラーボールペン画を中心にした作品展
「ボールペン画の世界」を同区富士見町の清水銀行本店ギャラリーで開く。
 渋谷さんは20年ほど前から、「最も身近で、手軽な筆記具」である市販の油性ボールペンを使った
描画を模索してきた。黒色ボールペンのスケッチで出発し、陰影をつけた風景画、
さらにカラー画へと発展させてきた。
 カラー画の制作は色料の三原色に近い赤・青・黄をはじめとした8色と、黒色、灰色の計10色を使う。力加減と塗り重ねで多様な色を生み出す。
「限られた条件で無数の色を再現するのが醍醐味(だいごみ)。
2センチ四方を緻密に表現するのに1時間ぐらいかかる」と渋谷さんは話す。
 作品展には一つに300〜400時間をかけたカラーの風景画約20点を含め、
渋谷さんと教室生のボールペン画計50点を展示する。

以上、静岡新聞NEWS 2015年6月5日掲載より。

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静岡の小さな町で、とある画家「渋谷たかし」が人生をかけて挑戦しつづけている作品がある。
それは「カラーボールペン叙情画」だ。彼は過去、不慮の事故で右半身に障碍を抱えてしまった。
ほとんど動かなくなってしまった右手。しかしながら、なんとかペンを持ち絵描き続ける。
そして、独自に「カラーボールペン画法」を確立した。
名もなき画家が人生をかけて描き続ける作品の数々を是非ご覧ください。

また、本作品を活用していただける企業スポンサーを探しております。
是非、ご支援賜りたくお願い申し上げます。

■その他の作品は映像制作会社「デザイン工房 雫」のHPよりご覧いただけます☆

■お問い合わせ先
渋谷たかし tel:090-8151-8932 / E-mail:kunstreund@zoo.tnc.ne.jp

以上、Youtube掲載動画コメントより。

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動画のBGMで流れている『Amazing Grace』は、
『澁谷たかし』さんのお嬢さんで、ソプラノ歌手(声楽家)の『澁谷えりか』さんとの事。
透き通るようなキレイな歌声ですね~。分野は違えど、芸術家は芸術家を生むのですね。

僕は父ちゃんと母ちゃんから何を受け継げたのだろうか・・・・・・??
ゴホッ、ゴホッ、ガーッ、ペッ!!(汚)

ちなみに、渋谷たかしさんは上記通り美術教室も営まれています。
僕が沼津に住んでいた頃に知っていたら、一般コースに通いたかったなー。

尚、澁谷たかしさんは先の通り、企業スポンサーを探されているご様子。
例えば同じ静岡県つながりで沼津市の企業で名乗り出るところはないかな??
その上でモンミュゼ沼津(庄司美術館)で展示会開催なんてなったら、
『沼津北口さん』も復活してイラスト入りサイン(@500円 税込)会開くぞ?!(馬鹿)

まあ、まずはリンクをクリックの上、カラーボールペン叙情画を見てみてください。
こころときめきますよー。

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スポーツ観戦をしていて、特定の選手に思い入れを持ち感激したりは良いと思うけれど、充実感を持つのはちょっと違うと思う。

勘違いしちゃいけない。

彼等が何かを成したとしても、
我は何をも成してはいない。

勘違いしちゃいけない。

我も何かを成さなければ。
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昨年の町田選手は記憶の彼方に。
今年は昨日センセーショナルな引退劇を見せた「モーニング娘。15」の「鞘師里保」さんに感化され、
今年も(ほぼ)正月限定の男として帰ってきました。※「鞘師さん」の何に感化されたかは内緒です。<??

さて、ここでクイズです。
皆さんは、2007年11月に沼津市(と静岡市)で行われた国際的なイベントを覚えていますか?

チックタック・・・。

チックタック・・・。

は、まあいいとして。

正解は、正式名称『2007年ユニバーサル技能五輪国際大会』が開催されました。
※「技能五輪国際大会」「(障害者の方参加の)国際アビリンピック」の併催。

とっても簡単に言ってしまうと、料理や塗装や旋盤やらなにやらかんやらの技術を競う、
”技術者にとってのオリンピック”のようなものです。
※競技種目等詳細は例の如く、と~っても詳しく書いてあるウィキペディアを参照ください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/2007%E5%B9%B4%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%AB%E6%8A%80%E8%83%BD%E4%BA%94%E8%BC%AA%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E5%A4%A7%E4%BC%9A

ちなみに日本での開催は東京、大阪に次ぐ3回目。
「大都市以外では初!」みたいなコンチクショーなことが書かれています。<まあ、しょうがないか。

んで、開催地「沼津市」「沼津」となれば「沼津市」&「所在企業」も、
「沼津を知ってもらおう」「沼津に来て貰おう」「沼津にお金を落●し・・」と、頑張るわけです。
なんせ国際大会ですから外国からの観覧者(お客様)も沢山いらっしゃいます。<結果は知らん。

そこで、冒頭に掲載させていただいた図録(正式にはブランドブックと呼称されるよう)です。
この本は、全ページフルカラーでとってもしっかりとした製本で正に高級写真集のようです。

著作権等を考慮し一部しか掲載しませんが、建設中の「イ~ラde」や市街、内浦からの富士山、
沼津御用邸や大瀬崎、戸田、三津シーパラダイス、粟島マリンパークなどなどの観光地から、
ご当地ならではの食事処(港・魚にこだわらずカフェ等)などなど「沼津北口さん」には敵わないまでも(?)
「沼津市」の魅力を格調高くとりまとめてあります。

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加えて「missa」さんの可愛らしいイラストでところどころに施設やお店のガイドが掲載されています。
http://missadiary.exblog.jp/

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こうして振り返るとあの時の思い出が走馬灯のように蘇ってきます。<走馬灯を良く知らないけど。

「原付の方が速いのに、停める所かないって沼津駅からわざわざシャトルバスに乗って行ったなぁ。」
「門池の周りの出店で富士宮やきそば食べたけど、あれは富士宮焼きそばじゃなかったなー。」
「技術が凄いのはわかるけど、何日もかけての作業だから5分観てるだけじゃ何もしてないのと一緒だなぁ。」

まあ、この「ブランドブック」を見ているとあの時の色々な思い出が蘇ってくるのです。

んで、白状すると僕はこの「ブランドブック」を複数ルートから2冊入手しました。
元々の発行部数がそれほど多くはないだろう事は想像に難くなく「悪いなー」と思ったりしますが、
この「沼津でいこう。」の礎になったと思いご容赦ください。<かえって失礼だっちゅーの(汗)



そして先日、沼津を通る所用があったため、寄り道し「技能五輪」跡地に赴きました。

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実は、跡地の荒野感が好きだったのですが、実際に現地に着くと企業や施設で埋め尽くされて、
当時の面影を残す物はほとんど無くなっていました。

「どんどんと僕の知らない沼津になって行くのだなぁ」

沼津を離れて早2年と数ヶ月。
街の新陳代謝は「必要」で「普通に起きる事」とは分かってはいるけど、なかなか寂しいものですね。

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まあ、どうせなら新陳代謝を加速させてJRの高架化を早く実現させて欲しいです(嘘)
ついでに言うと高尾山古墳をぶっ潰し、早く縦貫道を繋げて欲しいです(大嘘)

どうぞ「沼津市」が、健全に、どうぞ健全に進化することを、(微妙に)遠く神奈川県より祈っております。



と、とりとめのない内容になってしまいましたが、久方ぶりの長文記事に挑戦してみましたー。
読みにくい部分、語句の選択ミス等あるかもしれませんが、ご容赦頂けると幸いです。

それでは、
この一年が、皆様にとって良い年でありますように。                      元・沼津北口
※あと一度位はアクセス頂けると願って記します。

あんまりにも突然だったので、
とにかくショックを受けてしまい、
碌な挨拶もできずにすみませんでした。

口頭でもお伝えしましたが、S澤さんは技術はもちろん、
細やかな目配り気配り心配りが、本当に素晴らしかったです。

それだけに本当に本当に残念です。

詳細は僕の知る処ではありませんが、これからのS澤さんの人生が幸多かれと願ってやみません。

いままでありがとうございました。
いつまでもお元気で。

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先日センセーショナルな引退劇を見せた、
フィギュアスケートの町田樹選手に感化されたワケではないけれど。

「お声が掛かったエキシビションやショーなら」と彼も言うとおり、
一年も手付かずだったブログに残して頂いたコメント達に、ちょっとした義務感が沸いたのです。

『大型自動二輪』『大型二種』『けん引』『大型特殊』免許に続いて、
富士スピードウェイで『国内A級ライセンス』を取得したり、
『日産スタジアム』にほど近い『小机城』に攻め入ったり、色々なことがあったけれど、
まともなブログをやっていないせいでしょうか、すべて思い出としては希薄なカンジです。

だからかなぁ?毎日沼津のことを思い出します。本当に毎日思い出します。
良いことばかりではないですが、7年半の重みを今更ながらに感じています。

とまれ、一番伝えたいのは一言だけ。

「元気でやってますよ」

この一年が、皆様にとって良い年でありますように。                      元・沼津北口
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『沼津北口』は沼津に居ない、つまり、もう存在していません。

もちろん、今まで記事を上げて来た「僕」が死んだりしたワケではありません。
先般、会社の命により、神奈川に異動になったのです。

「僕」が生粋の「沼津生まれ」であったならば「沼津から通う」という選択肢もあったのかもしれないけれど、
元々「神奈川生まれ」であるために「拠点となる場所に帰る」異動、転居を伴う異動です。

すなわち『沼津』を去る事になりました。

もちろん「異動希望」なんて出していません。だから、それは晴天の霹靂・・・・なんて事はなく、
確証はなくとも、なんとなくはその前ぶれを感じ取っていたような気がします。

特に最後の頃、「僕」は上手くやれていませんでした。

もし「ライフ・ワーク・バランス」で例えるとしたならば「両方厳しい」といった感じ。
7年半も暮らしていたの、仕事にも、街にも、そして人にも、全てにおいて厳しかったです。

仮に「僕」の想いは強くとも、全てにおいて片想いだったのだと思います。

いくつかの人間不信に陥るような出来事がありました。
それは「ライフ」「ワーク」と区切れるものではなく、全てがない交ぜな状態でした。
そして「何故?」と自問自答を繰り返し、内省するうちに、それは「自分不信」へ移行しました。

ある程度は取り繕っていましたが、他者と会う事が苦痛で、最後の方は鏡を見るのも辛くなっていました。
相談したい人もいたけれど、誰しも、あんまり助けてはくれませんでした。

もっとも「僕」が色々な「モノ」に不適合なせいならば自分のせい。仕方がない事なのだけれど、
この頃は、心の中で「去りたい」「やめたい」ばかりを呟いていました・・・。

本当は、永住できるような振る舞いができたら、良かったのだけれど。



転勤のスケジュールは以下の通りでした。

公式=2013年9月30日(月)※引継期間は10月4日(金)まで。
正式=2013年10月27日(日)

引継ぎ期間にバタバタと引越しの段取りをし、神奈川の新居を決めました。
10月6日(日)に暫定的な引越しを行いましたが、大家さんの「10月末までは大丈夫」という言葉に甘え、
その後の休日は「掃除」「片付け」と称して、毎週「沼津の部屋」に通っていました。

世話になった恩を返すように、別れを惜しむように、一生懸命に掃除をしました。
そして、何度も何度も拭いた床にはチリひとつ残らず、もう、やることが無くなってしまった頃、
丁度、引渡しの期限がやって来ました。

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「なるべくギリギリに」と、部屋の明け渡しは10月27日(日)に決めました。
日曜日であれば大家さんもお休みの為、誰にも会わずに立ち去れると思ったからです。

まだまだ「此処」に居たかったけれど、もう帰らなくてはなりません。
ドアを閉める前、7年半お世話になった部屋を眺め深々とお辞儀をしました。

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そして、いつの頃からか「最後に必ず訪れよう」と思っていた場所、
「黄瀬川」沿いの某所に向かいました。

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もう一度深々と、お世話になった『沼津市』に向かってお辞儀をしました。

その時の「僕」は年甲斐もなく泣きじゃくっていました。
すれ違った高校生は不思議そうな顔をしていました。でも、涙はずっと止められませんでした。



『沼津でいこう。』は今日で最終回です。

自身、6年間連れ添った『沼津北口』さんとお別れするのはとても辛く「このまま続ける」選択肢もありました。

でも、このブログの成り立ちを考えたら、そして『沼津』のことが大好きだからこそ、
すでに『沼津』に存在していない「僕」がなにくわぬ顔で続けるわけには、やっぱりいきませんでした。

だから、とっくに閉めてなくちゃいけなかったのだけれど・・・。
せっかく2008年の元旦から始めたブログだから、丁度六周年になるこの日で、最終回にしようと思ったのです。

「僕」の選択が正しいのか、今は分かりません。

でも「僕」以上に『沼津』を愛する”他所者”も、きっと沢山いるはずです。

僕は、まだ見ぬ”他所者”や、既に『沼津』を愛している人、そして他でもない、ここに来てくださっていた皆さんの、
楽しいブログをコソっと覗かせてもらい、日々、懐かしい『沼津』を思い返します。

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最後に。

訪れてくださって、ありがとうございました。
コメントをくださって、ありがとうございました。
やさしく接してくださって、ありがとうございました。

皆さんにはいくら感謝しても足りません。本当にありがとうございました。
本来ならお一人お一人にご挨拶に伺うべきですが、すでに泣きじゃくっている故ご容赦ください。

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じゃあね。
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皆さんは『パサディナ』という地名を聴いたことがありますか?
『パサディナ』はアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス郡にある高級住宅街です。

そして、姉妹都市である『三島市』とお隣り『函南町』の中間に位置する場所に、
住宅地『パサディナタウン』と集合住宅の『パサディナハイツ』が在ります。



■パサディナハイツとは?

有名な建築家「菊竹清訓」により1975年に作られたRC構造の集合住宅で、
丘陵地に「地上6層(3階建)」という独特な形状(段々)で建っています。
丘陵地に合わせたというよりは、その形状の為に丘陵地を探しあえてここに作られたという風情です。

その構造は本当に面白く&複雑で、これを分かりやすく説明するなら、
「指をからめて両方の手を合わせてください。そう、そんなカンジです」です(汗)<意外と分かりやすい?

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「菊竹清訓」さんと言えば「メタボリック建築(≒新陳代謝建築)」で有名ですが、
銀座の『中銀カプセルタワー』をキラキラした眼で眺めていた「大工の息子」北口にとって、
正に訪れるべくして訪れた、うってつけの建築物と言えるでしょう。<そうか?
※『中銀カプセルタワー』は同じく「メタボリック建築」の「黒川紀章」さんの設計です。

遠くから望むとまるで「白亜の城」といった風情の外観ですが、
恐らく当時としては最先端であったであろうコンクリート「打ちっぱなし」なカンジです。

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そして「指をからめて両方の手を合わせた」段々の形状はこんなカンジです。

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かな~り格好良い&不思議な造り。
ですが、サイドやウラ側に回るとその格好良さ&不思議さが輪を掛けます。それでは下りていってみましょう。

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階段を降りるやいなや、ちょっとした違和感に気付きます。どうやら、建物の奥には空間があり、
「出入口」や「通路」や「バルコニー」や「物置」や「裏庭」に・・・(使い方はそれぞれ)

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各住居には二つの吹き抜けがあり、一つはウラ側への「出入口」となっているようでしたが、
小さなバルコニーから直接橋が架かっているようなお宅もあり、かなり個々でカスタマイズさているようです。

カスタマイズと言えば、オモテ側は更に顕著で、
お住まいの方それぞれに、とても素敵で個性的な家&庭造りをされています。

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北「いいなー、北口も住んでみたいなぁ」

見ると、明らかに人が住んでいないお部屋もある様子。

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北口が伺った時には明確な「空家」はない様子でしたが、常時数件の「売り(たい)」物件はあるようで、
一戸300万円~400万円くらいから購入できるようなのです。

とはいえ、随分と築年数が経っている事もあり、公共スペースはもちろん、
占有スペースにあたる部分にも、それなりに傷みが目立つのは事実です。

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北「その価格なら薄給の北口でも購入できるかもしれないけでど、リフォームにはお金が掛かりそうだなぁ」

もっとも、リフォームもDIYで楽しみながらやればいいのかもしれません。
なんとなく「ホンダカブ」とか「ヤマハSR」とかのリストアとかと共通する物がありそうですねー。

     

=パサディナハイツ=============================================================================

静岡県田方郡函南町上沢

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※本文中の特に建築に纏わる記述は北口の主観やフィーリングです。正確性はありませんご了承ください。

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「パサディナハイツ」いいですね。お住まいの皆さんが羨ましいですー。



さてさて、2013年もそろそろおしまいです。
『沼津でいこう。』もこの記事が2013年のラストになります。
そして、明日2014年最初の記事が、この『沼津でいこう。』のラストになります。

このところ、必要以上にサインを発していたかもしれないから、
恐らく気付かれた方もいるかもしれませんね。

実は『沼津北口』は沼津に居ない、つまり、もう存在していません。

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多分、北口が此処に住むことは、きっとしばらくないんです。

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