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沼津でいこう。ameblo版

良いも悪いも沼津を愛せばこそです。




北「む~。やっぱり時代は”大”かもなぁ」

そんな予告めいた言葉を呟いたのは今からもう3年以上前になります。
そしてその後、子供の頃からの夢であった”一番大きな古墳”の『仁徳天皇陵』を見に行ったのです。

「一番大きな『仁徳天皇陵』を見たら、沼津の小さな古墳は貧相に見えるのか?」
「これだけ更新しなかったのだから、沼津の古墳へのテンションが下がったのか?」

とんでもない。
『仁徳天皇陵』を見たことで、むしろテンションはMAXにあがり、
「現:静岡県東部」範囲の「旧:駿河国」の古墳は、とっくの昔に全て見終わっています。
※ややこしいですが、御殿場市~沼津市~富士宮市+三島市の範囲です。

んで、立派(大きさ・歴史・祀られている人)かどうかだけで判断するのであれば、お隣り『富士市』の、
国指定史跡である『浅間古墳』や、極端に珍しい形の『庚申塚古墳』を紹介するべきかもしれません。

それでも、最後に紹介するのなら、やっぱり『沼津市』の古墳でなくては駄目だろうし、
辿り着くまでに随分と苦労した思い出深い場所である『井出丸山古墳』をご紹介したいと思ったのです。

この『井出丸山古墳』はとても分かり辛い場所・・・人里離れた場所にあります。
明瞭な地図はどこを見ても掲載されておらず、何度付近を訪れ徘徊しても、てんで目的地に辿り着けません。

一旦は独力で辿り着く事を諦め、根方街道の『セブンイレブン沼津井出店』で尋ねたりしました。

北「すみません『井出丸山古墳』の場所が知りたいのですが・・・」
7「こ、古墳??聞いたことないですねー」
北「そうですか、ありがとうございます・・・」

地元の方ならご存知かと思ったのですが、やはり自力で見つけるしかないのか・・・。
それからは愛馬『Vino』や『黒い車号』を駆使し、休日の度に付近の野山を駆け回ります。

そして、暫く経った頃、もしかしたら何度かは通っていたかもしれない道で、小さな案内板を見つけました。

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北「こんなに小さい・・・しかも反対からは見えないじゃないかよぉ・・・」

これまでの苦労を振り返り、少し悪態をついちゃったけど、
この道しるべの奥に恋焦がれた『井出丸山古墳』があるのだと思うと期待に胸が高鳴っています。

ところが、ジメジメとして薄暗く、いかに北口がオッサンであってもかな~り怖い場所です・・・。
※写メがブレている事で、恐怖に揺れる気持ちを表現しています。

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そして、胸の高鳴りの源泉が期待から恐怖に変わった頃、更におどろおどろしいトンネルが姿を現しました。
自分が位置関係を考慮すれば、これは『東名高速道路』のはずです。

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北「マジで~?!これを行くのかよぉ~(半泣)」

この辺りって、片側3車線くらいありましたっけ?トンネルは思った以上に長く、そして暗いです。
※写メがブレている事で、恐怖にチビリそうな腰抜けオッサンを表現しています。

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やっとトンネルを抜けてもまだまだ恐怖は拭えません。

北「いや~ん!!」

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そして、トンネルを抜け、少し奥に入ったころ、前方に、
こんもりと丸い、確実に『古墳(円墳)』のフォルムである物体が目に入って来ました。

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北「ああ~、ドキドキするー!!」

これが、ずっと会いたくて仕方が無かった『井出丸山古墳』だと思うと感激(よりも恐怖)で涙が出そうです。

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そして、少しづつ回りこんで見てみると・・・「おおっ、おお~っ!!」

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間違いない『井出丸山古墳』です!!

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んでも、ちょっと待てよ。
事前にWebで調べた際もそうだったけど・・・。
『沼津市教育委員会』が立ててくれた解説板を見ても・・・。

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何処にも「復元」って文字が書かれていません・・・。

北「って事は元々この場所に??」

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北「って事はこの奥に本物の・・・い、いや~っ!!!」

なんか、胸が高鳴ってばっかりでしたよー(冷汗)

     

=井出丸山古墳================================================================================

静岡県沼津市井出

愛鷹山の南の井出古墳群と石川古墳群との間に広がる尾根の先の標高42mのところにある古墳である。

平成4年に発掘調査を行ったところ、一部墳丘が壊されていたが、
横穴式石室をもった円墳であることがわかった。
石室の奥と手前の2ヵ所に掘り起こされた跡があり、一部の副葬品は失われていたが、
石室からは副葬品として、須恵器(すえき)、耳環、切子玉(きりこだま)、管玉(くだたま)、
ガラス玉、刀、鉄鏃(てつぞく)が発見された。

この古墳は、この地域の有力者の墓であると考えられ、
古墳時代後期(6世紀後半、今から約1400年前)に造られたと推定される。


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この『井出丸山古墳』は、地図上ではとても分かり辛い場所にありつつ、
実際に出向いてみても、舗装路であれ、グネグネと回りくねった山道ののせいかとても見つけ辛いです。

でも、それだけに見付けた時の感慨はひとしお。
この『井出丸山古墳』と会えた事で、それまでよそよそしかった『沼津』に擁かれたような気がしたのです。

北「ん~、やっぱり古墳は良いですなー」

な~んて言っても、もちろん帰りもトンネルを潜らなくてはなりません~(冷汗)

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『沼津(とのその周辺市町)』はとても歴史が深い街です。
もし、北口が「沼津に生まれ」て「沼津に育ち」、幼少の頃から史跡に触れたいたとしたら、
もっと日本史に興味を持ち、また違った人生を歩んでいたかもしれません。

沼津に来た時「沼津に骨を埋めるつもりで」と言ったのは事実だけれど、
それとは全く違う意味の、まさか「古墳を作ろう」という思いが、こんなに強くなるとは思いませんでした。

てなワケで『下見』はまだまだ・・・永遠に続くんだよ。きっとね。

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以前、某所の『砂防ダム』に訪れた事がある。

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藪を書き分けてダムに進んで行く。
北口が歩いているのは橋ではなく『砂防ダム』の堤防部、背に当たる部分である。
砂防ダムは、大きな「主ダム」の下流に「副ダム」ってーのがある。
ここが「主ダム」なのかどうかは知らない。でも北口が見た中でも一二を争う大きさだ。

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更に進み『砂防ダム』の中央部付近にたどり着くと随分と視界が開ける。

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このダムが新しいせいか、堆積した石や土が少なく、川底までは随分と距離がある。
クラクラと眩暈がし、油断すると引き込まれそうになる。

下流は緑豊か。木々が茂っている。

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そして上流は・・・・・。

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この荒野感はどうだい?
雨の日には此処に激流が生まれる。全てはここより下流に在る街を守るために。

『砂防ダム』に賛否があることなんて知っている。
遮る事で、堰き止めることで、堰き止めるべき物と、そうでない大事な物も堰き止めてしまうんだ。

そう言えば、僕も堰き止めていた。

=北口が堰き止めている(た)例===================================================================

■ユーキャン
 ・大型二種*連載中/けん引/大型特殊/トップ(横浜市二俣川)

■シリーズ日本の城。
 ≪本編≫
 ・山中城(三島市)/韮山城(伊豆市)/狩野城(伊豆市)/下田城(下田市)/下田城美術館近景(下田市)
 ≪番外編≫
 ・蒲原城(静岡市)/松坂城(三重県)/津城(三重県)/上野城(三重県)/亀山城(三重県)
 ・松本城(長野県)/大阪城(大阪府)

■そうだ 沼津。行こう。
 ・大中寺

■そうだ 沼津。行こう。番外編「拝啓、弘法大師様(仮題)」
 ・廣大寺/八畳石/赤野観音/弘法大師堂

■そうだ 沼津。行こう。番外編「白隠さんの歩いた道程」
 ・白隠さんの産湯/清梵寺/長興寺/西念寺/昌原寺/松陰寺/すり鉢の松/白隠禅師墓所
 ・高嶋酒造「白隠正宗」

■シリーズ「下見(古墳)」
 ・井出丸山古墳(沼津市)/山ノ神古墳(沼津市)/稲荷塚古墳(沼津市)
 ・森野古墳(三島市)/夏梅木古墳(三島市)
 ・浅間古墳(富士市)/山ノ神古墳(富士市)/庚申塚古墳(富士市)/天満宮(富士市)
 ・千人塚古墳(富士市)/琴平古墳(富士市)/東坂古墳(富士市)/大坂上古墳(富士市)
 ・実円寺西第一号墳(富士市)/伊勢塚古墳(富士市)
 ・虚空蔵社古墳(富士宮市)★
 ・二枚橋古墳(御殿場市)/愛宕古墳(御殿場市)/駒形古墳(伊豆市)
 
■麺類攻勢シリーズ。
 ・みやび(沼津市)/ねぎや(沼津市)/青龍(沼津市)/はなぶさ(沼津市)/おもだか(沼津市)
 ・ふく田(沼津市)/やまでん(沼津市)/HACHI(沼津市)/グランルージュ(沼津市)
 ・ボルカノ新店舗(沼津市)/カレーラーメンりいど(沼津市)/301餃子(沼津市)/そば一(沼津市)
 ・ラーメン幸ちゃん(御殿場市)/生そばうれしや(御殿場市)/サスケ(清水町)/ろたす(清水町)
 ・いそ路新店舗(函南町)/多賀(熱海市)

■沼津「おかめそば」10選。

■富士宮焼き焼きそば
 ・前島(富士宮市)/味わい処小粋(富士宮市)

■BAR
 ・ビクトリー(沼津市)/フランク(沼津市)/ガトーバー(沼津市)/ファラオ(沼津市)/パイン(沼津市)

■カフェ
 ・35/トレントサンク(沼津市)/ハミングバード(沼津市)/Gカフェ(沼津市)
 ・花野子(沼津市)/ディレッタントカフェ(三島市)/ヒナカフェ(富士市)/カフェガウディ(清水町)

■蔵カフェ
 ・淡月居(沼津市)/ちゃ茶Cha(沼津市)/ちょっ蔵(沼津市)

■ワンコインランチ
 ・やじきた食堂(沼津市)/蔵三(沼津市)/味彩(沼津市)/あやみ屋(沼津市)/徹(沼津市)
 ・おいでやす(沼津市)/ざぶ~ん(沼津市)/うまかランチ(沼津市)/たま(沼津市*閉店)
 ・新海(裾野市)/まぐろ屋(熱海市)/彦陣(熱海市)/バブルガム(伊東市)

■自治体・文京系ランチ。
 ・沼津市役所(沼津市)/沼津総合庁舎(沼津市)/沼津高専(沼津市)
 ・ばる~ん(沼津市東部運転免許センター内)/杉(沼津市市民体育館内*閉店)
 ・三島市役所(三島市)/長泉町町役場(長泉町)/御殿場市役所(御殿場市)

■ランチ
 ・ジェットキッチン(沼津市)/にし与(沼津市)/餃子専門店高千穂(沼津市)/CB(沼津市)
 ・像の仔(沼津市)/萬来軒本店(沼津市)/萬来軒支店(沼津市)/うなよし(沼津市)/栄味軒(沼津市)
 ・アールヌーヴォー(沼津市)/うめぞう(沼津市)/グリル藤本(沼津市)/花芭羅(沼津市)
 ・なんくる(沼津市)/ほどほど満足住吉(沼津市)/ほどほど満足住吉(三島市)/独里夢(三島市)
 ・味処麦(三島市)/ボナペティ(三島市)/桜家(三島市)/うおしん(富士市)/Kiya(函南町)
 ・アンの家(御殿場市)/宝亭(熱海市)/とんかついち川(伊東市)/一丁(下田市)/一品香(下田市)

■景勝・名勝・文化財
 ・江原素六墓所(沼津市)/観音川(沼津市)/源兵衛川(三島市)/雷井戸(三島市)/稲荷神社(三島市)
 ・三島梅花藻の里(三島市)/三島温水地(三島市)/仏舎利塔(三島市)/鎧ヶ淵親水公園(富士市)
 ・岩淵一里塚(富士市*旧富士川町)/柿田橋(清水町)/クレマチスの丘(長泉町)
 ・スルガ平記念公園(長泉町)/パサディナハイツ(函南町)/旧天城トンネル(伊豆市)/江川邸(伊豆市)
 ・かつらぎ山&ロープウェイ(伊豆市)/熱海大仏(熱海市)/仏舎利塔(熱海市)
 ・日本庭園鉄道(裾野市)/樹空のもり(御殿場市)

■滝
 ・鎧ヶ淵(長泉町)/牛ヶ淵(長泉町)/二階滝(伊豆市)
 ・河津七滝(河津町)=釜滝-えび滝-蛇滝-初景滝-かに滝-出合滝-大滝

■砂防ダム
 ・富士市某所/函南町某所

■曽我兄弟の敵討ち
 ・曽我寺(富士市)/曽我八幡宮(富士宮市)/曽我兄弟の墓所(富士宮市)

■戸田紀行。
 ・松城家邸/峯松でタカアシガニ/みなとの駅/大行寺/宝泉寺/帆船製造地跡/壱の湯

■下田紀行。
 ・玉泉寺/三島神社/下田公園/雁島(つり橋・石室神社・魚霊碑)/ペリーロード
 ・了仙寺/サンドスキー場/龍宮窟/安直楼/宝福寺/お吉ヶ淵

■蒲原紀行。★

■御前崎紀行。
 ・御前崎灯台/ねずみ塚/猫塚/アカウミガメ産卵地/なぶら館

■三重紀行。
 ※過去「なう」で割愛。

■大阪紀行。
 ・通天閣(大阪府)/万博公園(大阪府)

■シリーズ「ここに住んだかも」★
 ・プチハウス・トマト(沼津市)/グレース・アキモト(沼津市)

■シリーズ「そこに在った建物たち」
 ・ホテルニューオータケ(沼津市)/北口ヘルス(沼津市)
 ・ボルカノ旧店舗(沼津市)/マルトモ柳町店(沼津市)

■沼津を紹介するよ。
 ・沼津市立図書館/沼津機関区跡/戦争遺跡「トーチカ」/岡野公園(スルガ銀行)

■これから沼津に住む君へ
 ・「杉山特殊製紙」からはじまるエコステーション。

■シリーズ「参考になるかも」
 ・ビーノボアアップ。/モモステ。/タカアシガニのお面をつくろう。

※閉めちゃったお店もチラホラ・・・(汗)
※ワンコインランチも既にやっていないところもあるかも・・・(汗)
※★については”明確に”追記予定です。

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ずいぶんと堰き止めちゃっているよなぁ・・・。タイトル(?)を打つだけでも大変だったもの。
これを『砂防ダム』で言うと決壊って言うのですかねぇ?(冷汗)

って、何がもったいないって、個別の場所やお店はもちろんですが、
北口自身のコンテンツ、発想が持った無いですよねー。<自画自賛な馬鹿。

んでも『沼津「おかめそば」10選』なんて、今まで誰もやっていないと思うんですよねー。
ちなみに、2位は「見た目部門=安田屋」「味部門=そば一」さんで、総合1位は「北口庵」です(汗)
※蕎麦を作るのが面倒だったので結局お蔵入りになったのでした(冷汗)

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どうしても「読みたい!」って惹かれる記事があったらリクエストお願いします~!!
※基本的には良かれ悪かれ面倒で上げなかった記事の為、お受けしませんけどー。<なんだそりゃ。
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『光厳寺』は沼津中心部より『根方街道』を西に向かった所にある。
お寺自体は少し奥に入った場所にあるため、街道沿いで目に留まるのは背の高い看板だけある。

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奥に進むと、生垣の奥に明らかにそれと見える瓦屋根が目に入る。

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辺りに銀杏の葉が積もった石畳を歩くとすぐに立派な山門が出てくる。

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山門を潜ると、外観からはちょっと想像しないくらいな敷地が広がっている。

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ところが、直ぐに大きな違和感に気付く。
山門から左手奥を見ると、沢山の石が段になり詰みあがっているのだ。

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北「は、墓石?」

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一瞬そう思ったが彫られた文字を見ると・・・明らかに違う。

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北「これって・・・」

すると、そう呟いた北口の背後から「どちらさん?」と声が掛けられた。
振り返ると境内の真ん中、鐘の袂にご老人が腰掛けている。

北「沼津の名所を回っています。もしや、ご住職でいらっしゃいますか?」
住「うん、そうだよ」

お声を掛けてくださったのは(先代の)和尚様だった。
「せっかく来たんだから・・・」と、このお寺、詰みあがった石について説明をして下さった。

この『光厳寺』は『北条早雲』の『興国寺城』の場所にあったが、城を広げるにあたり移転を迫られた。
そして、この地にお寺を立てた後、その『興国寺城』付近の岩をご住職がご自身で運んできたそうだ。

住「仲間とトラックに積んで運んできたんだよ」
北「それは大変そうですね・・・ところでこの石は何なんですか?」
住「これは、お砂踏霊場だよ」
住「ああ!街道沿いの看板に書いてありました!」

なんでも、ご住職自身が四国八十八箇所のお遍路をした際、それぞれのお寺の本堂より砂を拾って来たそうだ。

住「石に彫られているのはお寺の名前。そして砂が埋まっている場所を示す印を付けたんだよ」

確かに、良く見れば、それぞれの石を廻れるように小道が作られている。

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そして、近くに寄って見せていただくと、確かに、石の前に一つずつ「井」という印が彫られていた。

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北「何故、砂を拾ってきて、ここに埋めたのでしょうか?」
住「誰しもが四国に行けるわけではない。だからってお遍路できないのは可哀相だろう?」

嗚呼。ご住職は誰とも言えない人を可哀相と言い、岩を運び、積み、そして砂を埋めたのだ。
もう、既に冬と言える季節だったが、境内の中を暖かい風が吹いたような気がした。

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=真言宗 愛東山 光厳寺=========================================================================

静岡県沼津市鳥谷497    Tel 055-966-3762

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一通りお話しを伺った後、ご住職は立ち上がり、かき集めた銀杏に火を着けだした。
ずっと境内の掃除をされて、北口が訪れた時は休憩されていた時だったようだ。

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住「あなたは、結婚とかしているのかい?」
北「いいえ、まだ・・・」
住「寺廻りなんてしている場合じゃないんじゃないか?(苦笑)」
北「は、はい・・・」

ご住職に年齢を伺うと八十をとうに越えているとの事で、会話や声の張りからもっとお若いと思っていたが、
立ち上がった姿を見ると、脚はそれなりに弱っている様子が見て取れた。

北「(こんな素敵なご住職は、ずっと元気で長生きして欲しいなぁ・・・)」

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※ご住職とお話しをしたのは2010年10月の事です。
 そして2012年の4月「火渡り」でこの『光厳寺』を紹介させていただいています。
 URL: http://blogs.yahoo.co.jp/numazukitaguchi/36465504.html



ご住職にお礼と挨拶を済ませ『光厳寺』を後にする。そして色々と考える。
『光厳寺』のこと、北口にとっての『沼津』のこと、そして北口自身のこと。

「京都や奈良や、鎌倉や、そして四国に行かなくたってこんなに凄い場所があるじゃないか・・・」

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「そうだ 沼津、行こう。」

物理的な距離じゃない。
時空を超えて味わえる、感じられる何かが、この沼津にあります。

(了)

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自らを「教育家」と名乗る男が旅立った。
「もつこ」さんは還暦を迎えるまでにもまだ少しあり、何をどう捉えても早過ぎる死である。

「もつこ」さんはそれなり以上にアクの強い男で、同様にアクの強い僕には馴染めない部分もあった。
大先輩ではあったが、素直に聴くよりは反発することの方が多かったかもしれない。

その彼と「教育談議」を闘わせ?いやいや、花を咲かせていた時、彼は僕に言った。

「なぁ、北口、寝る奴が悪いんじゃない、寝させる奴が悪いんだよ」

受講者の姿勢を云々言っても仕方が無い。
自律要因で考えるなら「眠くなるような勉強会をやる講師が悪い」んだそうだ。
内容も、構成も、話し方や振る舞いも、興味深い講師であるならば、誰も眠くなんてならないらしい。

そもそも、北口の勉強会で眠る人は少ない。←面白いから。
それからは「もつこ」さんが講師の時は積極的に寝るようにした。←面白いから。
北口が悪いんじゃないよ?寝させる「もつこ」さんが悪いんだよー。←礼節知らずの馬鹿。

そして、今日の式は、全く眠くならなかった。
「もつこ」さんと親交の深かった「Nさん」や「スプリングファーム」さんの泣ける挨拶のせいもあったが、
やはり、喪主を務めた奥様&ご子息の尽力と工夫と、
そして他ならぬ「もつこ」イズムがそこかしこに散見されたせいだろう。

「もつこ」さんあなたにして最期の、良い勉強会でしたよ。
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古くから訪れてくれている方はご存知だったと思います。
この『沼津でいこう。』で、ずっと「一番」と言って譲らなかった定食屋さんが在りました。

そのお店は『ひんねりくんねり』といい、材料の活用を含め創意工夫等、店長さんの尽力により、
かなりのメニューをワンコインで提供していたお店でした。

草創期としては珍しく専用書庫「★耳寄り★」も作らせていただいた通り、
「北口さんのブログを見て」という合言葉で『沼津でいこう。』読者の方に特別サービスを施してくれたり、
北口個人の「食生活」では留まらず、とてもお世話になったお店です。

「在った」とか「でした」とか「なった」とか、過去形になっているのは、
今年の初めに『ひんねりくんねり』さんは諸事情により閉店してしまったからです。
http://ameblo.jp/jironamosu/archive1-201301.html <詳細は店長さんのブログを参照ください。

でも、北口はその出来事をリアルタイムでは気付くことができませんでした。
それは、ある頃を境に、段々と、そして序々に『ひんねりくんねり』さんから足が遠のいてしまったのです。

何故、あんなにも通っていたのに足が遠のいたのか?
ずっと、それを書きたいと思っていました。

料理に飽きた。
他に旨い店を見つけた。
店長をはじめ、お店の皆さんの接遇が嫌だった。

そんな事は、一切、本当に一切ありませんでした。

「生姜焼き」や「チキンかつ」や「キムチ鍋」など、今でも食べたくなるメニューばかりだし、
店長さんをはじめ、奥様もお母さんも、皆さんとても丁寧に優しく接していただきました。

では・・・・なぜ?
実は『ひんねりくんねり』さんのアットホームさが、北口の心には辛かったのです。

2010年、北口は人間不信に陥るような出来事がありました。
「何故?」と自問自答を繰り返し、内省するうちに、それは「自分不信」へ移行しました。

仕事場ではなんとか取り繕っていたけれど、仕事が終わった夜や、土日の休日は、
かなり引きこもり傾向が出てきて、部屋から出たくなくなり、コンビニ弁当で済ませる事が増えたのです。

最初の訪問から暫くし、ちょっと時間が経った頃、店長さんとこんな会話がありました。
「いつも本を持ってきているから、静かに食べたいのかと思って話しかけなかったんです」
元々居心地のよい場所だったけれど、空気を読んだ配慮により、より一層居心地を良くしてくれていたのです。

でも、北口は手放してしましました。
『ひんねりくんねり』さんのアットホームさが悪いんじゃなくて、ただ北口が辛かっただけです。

くれぐれも『ひんねりくんねり』さんに落ち度や悪いところがあったわけではありません。
これは、たぶんなかなか理解してはもらえないかもしれません。でも、本当です。

この文章が『ひんねりくんねり』の皆さんに読んでいたけるかどうかは分かりません。
でも、北口の切として、述しておきたかったのです。



現在『ひんねりくんねり』の店長だった佐野さんは、
音楽イベント団体『癒響』を立ち上げ勢力的に活動しているようです。

そして、3年後くらいを目処に『Newひんねりくんねり』として帰ってくるそうです。
その時は、改めてご挨拶・・・いやいや、食事に伺いたいと思います。

お世話になりました。ありがとうございます。今後も変わらずに頑張ってください。

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皆様に素敵なクリスマスが訪れますように。

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つい先日ボアアップした「ビーノ2世」のエンジンが焼き付いた。
エンジンに水が入ったのが原因らしい・・・。

あーあ(溜息)

※13232→13532。

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この季節にいつも思う。

俺はマッチ売りのオッサン。

今年もマッチは売れない。
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昨日、訪問者数が30万を越えました。
これもひとえに読者様のおかげ・・・・なのですが、ちょっと待てよ??

30万のうち、自分が半分くらい見てるんじゃねーの?⇒15万。
15万のウチ、自動巡回とかが10万くらいあるんじゃねーの?⇒5万。

そっか、実質は5万アクセス程度なのだなぁ。

沼津市の人口を越えるのはいつのことやら・・・。

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沼津は一年中雪が降らない。
百歩譲って降ったとしとても、一年中積もる事はない。

「明日は冷え込むのかな」
「積もったら明日の朝は大変だな」

そんな心配は沼津には必要がない。

近隣には御殿場や裾野や天城や箱根みたいに標高が高い地域もあり、全く無縁ではないけれども、
沼津市から足を踏み出さなければ雪の存在を意識するは事なく、またそのストレスもない。

そりや、穏やかな気質が育まれるのは必然であろうし、ストレス耐性が高くはならないのも、またしかりだろうね。

僕は(そこそこではあるが)両方を知っている。
だからか、そのどちらも上手に受け入れられない、卑屈&偏屈な男に育ったかもなぁ。

皆さんの土地では雪は降りましたか?