
映画館を出て、フラフラしながら武富士を探した。
最近流行りの「感涙」「感動」映画はほぼ見ているが、ケタが違う。安定した映画作りに定評がある制作プロ、ロボットの仕業とはわかっているんだけど、あれだけ泣かされてしまえば文句は言えない。
舞台は昭和30年代、東京タワーが建設中の東京。生まれるずっと前だし、町並みはCGで作られていたそうだから、実はSF映画くらい現実とはかけ離れた環境なのかもしれない。でも、そこで繰り広げられる小さなエピソードの一つ一つに、胸の奥のスイッチを的確に捉えられてしまった。
ランニングの小汚いガキ、1円や5円で菓子を買う駄菓子屋、やたらおっかない父ちゃんに、割烹着の母ちゃん。晩御飯はジャガイモだらけでやたらと黄色っぽいカレー…。
自分の両親がガキの時代の話だから経験しているはずがないのに、懐かしい、ほっとした気分になるのはどこかにそんなDNAでもあるからなんやろか?
携帯もインターネットもツタヤもコンビニもない。DVDどころかビデオすらない。もし明日からそんな世界になるとしたら、どうやって生きていくか想像できるだろうか?でも、そんな中で立派に生活してきたあの時代の人たち。今の我々と何が違うんだろう?
平成の時代、たいていの若い奴が食うもんに困らず、ロクに働かんでも親の仕送りでパソコンも薄型テレビも買える。たいして忙しくもないくせに、小金が入ったら南の島に行ったり、マッサージに通ったりとやたら「休み、癒され」たがる。
それに比べ戦後の混乱期の彼らには金はなかったし、便利な機械なんかないから時間だってなかったはずだ。でも「いつか~になる」「いつかでっかいビル建てる」夢とか希望を子供だけでなく、大人も持っていたような気がする。
「子供たちに夢を持ってほしい」最近の大人はやたらと言うやろ。でもその前にお前ら大人だって持ってええんちゃうというか、持てよ!!
ポケットティッシュ2個を使い果たし、すっかりまぶたの腫れてしまった無様な姿。そんな俺にラストシーンの夕日がそう語りかけているような気がした。