旦那さんは、親に様々な愛情を与えられて育った。
それが当たり前、としている中で私は違和感をおぼえた。
親に責められ、褒められることもなく、
最終的に搾取され、そのわりに責められ
それが子供の役目だとどこかで感じていた部分が大きいから・・・。
いつか記事でも触れた 初めて毒親本を紹介してくれた ”お姉さん”
知り合いの看護師さんに言われた忘れられない言葉があると紹介してくれた。
「ちゃんと面倒を見てくれて、教育もしてくれたのであれば、親の面倒みたっていいと思う」
「でも、そうじゃない場合、子供だって親の面倒みるかどうかの判断はしてもいいんじゃないかな」
そんな内容だったと思う。
親。
親に尽くすのが、当たり前。普通。世間一般の常識。
でも、人によって親にしてもらったこと、されたことは千差万別。
その中で、子供が選ぶ権利、という可能性を感じる言葉で、非常に衝撃的だった。
だって、尽くすのが当たり前だと思っていたから。
尽くして自分がなくなってしまうくらい働いて責められて・・・を受け入れてしまいそうなときだった。
もちろん、自分の心には何も残らないこと、知っていたけれど。
受け入れてしまえば、自分が自分でなくなり
親の分身のように生きなければいけなくなる。
ただの、箱のような入れ物の人間。
愚痴吐きだし専用BOX。
そんな人生、やはり私には到底受け入れられない。
だいたい、母も、あれだけ私のこと、嫌いなのであれば
もう、構わないで、というのが私の正直な気持ち。
それが出来ない、中途半端に絡みついてくる、「嫌な女」。
どんな正論や世間一般の常識を持ってしてでも
私の気持ちは揺るがないと信じたい。