そのうちの1両が岡山臨港鉄道キハ7001です。

(キハ7001・柵原ふれあい鉱山公園・2014年4月6日)
元を正せば夕張鉄道キハ252で1955年に新潟鐵工所で製造されました。夕張鉄道では1952年に機械式ディーゼルカーキハ200形を導入。続いて1953年に液体式ディーゼルカーキハ251形(後の鹿島鉄道キハ714形)を導入。酷寒地におけるディーゼルカーとして成功を収めました。
キハ252形はキハ251形の増備車で前面スタイルはキハ251形同様湘南スタイルですが、窓配置と座席が異なるため別形式とされました。両形式とも両運転台形でキハ252~254形が製造されましたが、キハ252は1961年にトラックとの衝突事故によって、破損した側の運転台を撤去して切り妻の簡易運転台を設置。1962年にはキハ253がキハ252と反対側の運転台を同様に改造しましたが、撤去した運転台の位置が逆になっており、その結果キハ252形、キハ253形、キハ254形(両運転台のまま)と3形式バラバラになっています。なお簡易運転台は1966年に正式な運転台に再改造されました。
キハ252とキハ253は1973年に水島臨海鉄道に譲渡され、キハ300形キハ303、キハ304として運行されました。そして1979年に岡山臨港鉄道に譲渡され、キハ7001、キハ7002となり、同鉄道が廃止される1984年まで活躍。
廃止後キハ7001とキハ7002は岡山県英田町で保存されていました。

(キハ7001・英田町・2003年2月28日)
2012年に車輛の解体が決定。その際にキハ7001の運転台カットボディの保存が決まり、柵原ふれあい鉱山公園に搬入され、2013年に岡山臨港鉄道時代の塗色に復元されています。

(キハ7001・柵原ふれあい鉱山公園・2014年4月6日)
元夕張鉄道のディーセルカーで一般に公開されているのはこの車両のみで非常に貴重な存在です。
そしてもう1両は国鉄クモハ73383です。

(クモハ73383・柵原ふれあい鉱山公園・2014年4月6日)
元はモハ63811です。戦時中から戦後にかけて製造された国鉄モハ63系の一員として、1949年8月に汽車会社で新製され、池袋電車区に配置され山手線で運用されましたが、翌1950年3月には下十条電車区に転属。京浜東北線で運用されました。1953年7月に更新修繕が実施され、モハ73383に改番。
1971年6月に横川電車区に転属して可部線で運用されました。この時期に広島工場でアルミサッシ2段窓化などのアコモ改善工事を実施しています。横川電車区の廃止後は広島運転所(だったかな?)に移籍し、引き続き可部線で使用されていましたが、105系の投入で1984年7月12日付けで廃車となりました。
クモハ73383はカットボディとして広島工場内で保存されていたと思いますが、いつの頃か広島市内の模型店に引き取られていました。しかし近年は荒廃が進んでいました。

(クモハ73383・広島市・2008年3月3日)
クモハ73383は昨年「クモハ73を直す会(73SRP)」が引き取り、柵原ふれあい鉱山公園に移されました。そして毎月第3日曜日に公開修理を実施しているそうです。

(クモハ73383・柵原ふれあい鉱山公園・2014年4月6日)
かなりきれいになりましたね。
モハ63系の保存車はリニア・鉄道館のモハ63638とこのクモハ73383の2両のみでこれまた貴重な存在。これからもきれいな状態を保ってもらいたいものです。