
(クハ117・新大阪・1981年8月)
クリーム色1号にぶどう色2号の帯を巻き「シティライナー」と呼ばれた117系は近郊形電車でしたが、非貫通流線形の運転台、両開き2扉転換クロスシートの車体など、従来の近郊形電車とは一線を画するものでした。
しかしその外観と裏腹にシステムは実績のあるものが、採用されています。主制御器は381系、417系の流れをくむCS43A、主電動機は国鉄の定番MT54D、台車はインダイレクトマウント構造の空気バネ台車DT32、TR69を装着。冷房装置もこれまた定番のAU75B。新鮮外気導入装置も781系やキハ183系で採用されたものです。また湖西線での使用を考慮して半自動扉を採用。快速は12両編成で運転するため、国鉄初の電気連結器も装備しました。

(クハ116-7・新大阪・1981年8月)
関西、とりわけ京阪区間では当たり前だった転換クロスシート車も関東では考えられないもので、もの凄く羨ましく感じたものです。
結局117系「新快速」を見たのはこの時だけ。初めて「新快速」に乗車した時は221系に置き換えられた後でした。
117系に初めて乗車したのは1983年のこと。飯田線の旧型国電を撮影しに行った際に浜松から豊橋まで117系に乗車しました。当時この区間は117系が主力でした。

(クハ116-29・浜松・1983年3月)
京阪神地区に続いて中京地区の快速に使用されていた153系を置き換えるために117系が投入されました。中京地区用の117系は半自動扉と電気連結器が省略。そしてクハ117形にもトイレが設置されていましたが、それ以外は同仕様。
初めて乗車した時は転換クロスシートに特別料金不要で座れるとあって興奮したものです。中京地区の117系には何度か乗車する機会に恵まれたので、個人的にはこちらの方が馴染み深かったです。
1986年に京阪神地区の増強と中京地区の短編成化のために100番代が登場。そして国鉄分割民営化でJR西日本、JR東海に承継されました。
その後奈良線で117系に乗車した事もありましたが、この時は写真を撮っていなかったようで、次に撮影したのは2005年3月のこと。岡山地区の快速「サンライナー」編成でした。

(クハ117-17・岡山・2005年3月28日)
1992年に0番代4両編成6本が岡山電車区に転属。専用塗色に塗り替えられて運用されています。
一部列車では115km/h運転も実施。

(「サンライナー」クハ116-19・庭瀬~中庄・2007年8月19日)
岡山以東にも普通列車で運用されていました。

(クハ116-11・上道~東岡山・2007年8月19日)
ワンマン対応編成となっていますが、運賃箱は設置されていないようです。
現在JR西日本は普通鋼車の単色化を進めていますが、岡山地区の117系も例外ではなく、黄色一色に塗られた編成もあります。

(クハ116-17・岡山電車区・2010年11月7日)
帯のない単色の117系はちょっと違和感を感じましたね。
そして117系300番代にも出会いました。

(クハ117-310・京都・2005年9月17日)
117系300番代は1990年に福知山線に転属した際、ラッシュ対策で乗降扉の車体中央寄りの転換クロスシートをロングシートに交換改造した車両です。ブレーキ応荷重装置も追加され、塗色も白地に緑帯に変更されました。
しかしこの改造でもラッシュに対応しきれなくなり、2000年に2編成が日根野電車区に転属。

(クハ116-318・和歌山・2005年12月3日)
2001年にオーシャングリーン+白帯に塗色変更されました。
残る300番代は湖西線や草津線に転用。原色に戻された編成も存在します。

(クハ117-305・京都・2010年1月22日)
役割は変わりましたが、こうしてシティライナー色が京都に出入りしているというのも嬉しい話です。
なお和歌山には0番代も転用されています。

(クハ116-12・和歌山・2005年12月3日)
なお和歌山地区の117系もエメラルドグリーン単色の編成が登場しているようです。
JR東海承継車は311系や313系登場によるスピードアップに対応することができず、朝夕の運用のみで日中は昼寝することが多くなっていました。

(クハ117-25・豊橋・2009年4月26日)
この塗色は個人的には好きです。
JR東海車は6両編成を4両編成化する際、クハ116形200番代とクハ117形100番代を新製。いずれもトイレなしで、1編成あたりのトイレを1箇所に統一しましたが、編成によって位置は異なる結果になりました。

(クハ116-201・豊橋・2009年4月26日)
ここで117系100番代について説明しましょう。このグループは一段下降窓とボルスタレス台車を採用したのが大きな特徴となっています。JR東海車は編成の一端が必ずこのグループという構成になっていました。
活躍の場は限られていましたが、2008年には新快速運用も復活していました。

(クハ116-25・大府・2010年1月25日)
佐久間レールパークが閉園する直前には117系を使用した臨時列車も運転。

(クハ116-112・中部天竜・2009年6月7日)
愛称表示幕とヘッドマークの合わせ技というのが斬新でした。
JR東海車にはイベント編成も登場。

(「富士山トレイン117」クハ116-203・沼津・2012年3月3日)
この編成はモハ116-45の扉を開放状態とするウインディスペースが設置されているのが特徴です。

(モハ116-45・沼津・2012年3月3日)
JR東海117系はこのイベント編成以外は3月16日のダイヤ改正で引退することになっています。
クハ117-30、モハ117-59、クハ116-209は国鉄色に塗り戻されてリニア・鉄道館で保存されていますので中京地区でも117系を見ることは可能。

(クハ116-209・リニア・鉄道館・2011年4月4日)
クハ116形200番代はJR東海のみの存在でしたので、ある意味貴重かも。
それにしても国鉄形電車のなかで色々な意味でかっこいいと思える電車です。