川崎市電702号車を見て来た | はやこま すていしょん!

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更新頻度は遅めですが、日々の出来事や趣味的なことを書いていこうかなと思っています。若干鉄分は濃い目の予定(笑

神奈川県川崎市桜本にある桜川公園の片隅に路面電車が保存されてます。
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(702・桜川公園・2013年3月9日)
これは川崎市電700形702号です。
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(702・桜川公園・2013年3月9日)
川崎市電は、戦時中の軍需工場への従業員輸送を目的として1944年10月14日に市電川崎~東渡田五丁目まで開通。翌1945年4月11日に浜町三丁目まで延長されました。終戦後の1945年12月6日に桜本まで延長。東京急行電鉄大師線(現・京浜急行大師線)と連絡しました。
1949年5月20日省線川崎~市電川崎間を延長。
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1949年7月16日、国鉄が浜川崎から貨物線を敷設。川崎市電日本鋼管前~浜町三丁目間で合流して三線軌条を敷き(川崎市電は1,435mm軌間)夜間の国鉄貨物運行を開始しました。
国鉄の貨物は市営埠頭や味の素の製品輸送を行なうもので1946年に日本鋼管の工場内の線路を利用して大師線に合流後三線軌条を敷いていましたが、日本鋼管の業務に支障が出るという理由で川崎市電経由に変更されたものです。
1951年3月16日、東急から京浜急行に分離していた大師線塩浜~桜本間への乗り入れ運転を開始。翌1952年1月1日に同区間を買収しました。実は川崎市電は大師線を買収して川崎環状線とする構想があったそうです。ちなみに川崎市電の0キロポストは大師線京急川崎駅構内にあったとのこと。
1954年4月10日に日本鋼管前~池上新田間の三線軌条を上下線に増やし、入江崎駅に交換設備を設けて、日中の国鉄貨物列車運行を開始しました。1964年3月25日に国鉄塩浜操車場(現・川崎貨物ターミナル)が開業。国鉄東海道貨物線を敷設するために、浜町三丁目~池上新田間を単線化し、池上新田~塩浜間を休止(1967年8月1日廃止)。三線軌条も解消しました。
この単線化でタブレット交換が必要になり、700形の扉位置を変更しています。
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(702・桜川公園・2013年3月9日)
そして川崎市電は1969年4月1日に廃止されました。

川崎市電が走っていた区間の一部は市電通りと呼ばれています。
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専用軌道区間は東海道貨物線に転用されてしまったため痕跡がどうなっているのかはよくわかりません。
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開通して以来地味な存在だった川崎市電ですが、保存されている702号の状態は良好のようです。
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(702・桜川公園・2013年3月9日)
今後もきれいな状態が保たれることを願っています。