【国鉄形電車の思い出】Part23 113系(その2)相変わらず前座イメージが抜けず | はやこま すていしょん!

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更新頻度は遅めですが、日々の出来事や趣味的なことを書いていこうかなと思っています。若干鉄分は濃い目の予定(笑

2004(平成16)年は113系にとって大きな転機となりました。10月からJR東日本国府津車両センターにE231系が投入されて、東海道線東京口の113系の置き換えが始まったのです。
113系が生誕の場である東海道線東京口から撤退すると言うことは、すなわち湘南色の113系がJR東日本から消滅することを意味していました。
この時期はブルートレインも毎年のように減便され、九州ブルトレもわずかに「富士」「はやぶさ」一往復のみとなっていました。そんなわけで久しぶりに早川~根府川に赴き、その前後にやってくる113系を撮影しました。結果的には撮影した本数は多かったわけですが、なんとなくブルトレメインで撮影する感は否定できませんね(汗

国府津に最後まで残った113系は全てシールドビーム前照灯で新製された冷房車ではありましたが、実は何気にバリエーションが豊富でした。
東海道線東京口の主力といえた0番代新製冷房車。
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(クハ111-218・早川~根府川・2005年2月17日)
このS字カーブは15両編成だとさまになってかっこいいです。なおクハ111-218はオールロングシートに改造された車両でした。

CP付クハ111-300を先頭にした下り列車。
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(クハ111-555・早川~根府川・2005年2月17日)
CP付クハ111は301から続番で製造されたため、400番代、500番代の車号もありますが、総称して300番代と呼ばれていました。

E217系に置き換えられて横須賀線から転属してきた113系1000番代ATC車。ATC機器は撤去されましたが、機器室はそのまま残され、窓も少ないままです。
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(クハ111-1083・早川~根府川・2005年2月17日)
前面は強化されアンチクライマーも装備されていますね。タイフォン位置が低いクハ111の湘南色はなかなかレアです。

アコモデーション改善車の2000番代は経年が新しいため、E231系に置き換えられた後はサハ111や一部クハ111を除いて順次幕張に転属し、房総各線の初期車を置き換えることになっていました。
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(クハ111-2044・早川~根府川・2005年2月17日)
この区間では結構回送列車を見る機会が多かったですが、国府津車両センターから熱海への回送なのでしょうか?

奇数向きのクハ111-2100は当初は便所なしでしたが、2146から便所が設置されています
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(クハ111-2147・早川~根府川・2005年2月17日)
113系2000番代の最終グループは屋根構造が201系に準じているそうです。

鎌倉総合車両センターの一般公開でも湘南色と横須賀色の113系を見ることができました。S104編成は東海道線東京口で最後まで残った付属編成5本のうちの1本です。
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(クハ111-224・鎌倉総合車両センター・2005年9月10日)
通勤快速表示も珍しいクハ111-224ですが、製造時と同じ白Hゴムを保っていたようです。

クハ111-1007は1000番代の最初期グループ。
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(クハ111-1007・鎌倉総合車両センター・2005年9月10日)
大目玉はシールドビーム化されています。もちろん前面強化車です。1000番代初期車はで営業運転では地下線に入ることはありませんでしたが、地下線がATS-Pとなった後、回送列車で入線した編成があるらしいです。

房総地区では2005(平成17)年11月のダイヤ改正で183系の定期運用がなくなることになっていたので、11月に「しおさい」を撮影しに行ったのですが、その際に113系も撮影しています。
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(クハ111-244・成東~松尾・2005年11月5日)
マリS61編成は幕張車両センターの6両編成で、AU75冷房を搭載したリニューアル車で、最後まで活躍したグループとなっています。

マリ301編成も6両編成ですが、AU75冷房搭載の更新車が充当されておて、301~308編成まであったそうです。
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(クハ111-1376・成東~松尾・2005年11月5日)

113系の東海道東京口運用も日に日に減少していきましたので、11月に多摩川に行って少し撮影しました。多分113系を撮影するために出向いたのはこれが最初かもしれません。
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(クハ111-235・品川~川崎・2005年11月13日)
こうやって見ると結構車体がよれているのがわかります。

そしてこのK47編成が最後まで残った基本編成4本のうちの1本。
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(クハ111-1070・品川~川崎・2005年11月13日)
国府津の113系を撮影したのはこれが最後。さよならマークの編成を撮影する気になれなかったからなのですが、翌2006(平成18)年3月17日にE231系への置き換えが完了。これで湘南色の113系は東海道線東京口から姿を消しました。さらに翌2007(平成19)年にはJR東海の113系も313系に置き換えられ、以後は東海道線を走る113系は関西以西でしか見ることができなくなってしまいました。

そんな関西以西の113系ですが、関西快速色を撮影したことがあったほかは、物心ついた時期に宇野線の快速に充当されていたグリーン車入り7両編成に乗車した事があったぐらいでした。
そして2005(平成17)年にブルートレイン「出雲」が福知山線経由で迂回運転した際に、変な113系を目撃しました。
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(クモハ113-3816・下夜久野~上夜久野・2005年12月4日)
ぺったんこな顔の先頭車はクモハ113形3800番代。元々は1986(昭和61)年の福知山電化以降、0番代を耐寒改造した800番代ですが、2001(平成13)年3月からワンマン運転に対応させるために2両編成化。その際モハ113に運転台と取り付ける費用を抑制した結果、こんな顔になったそうです。
この強烈なインパクトのおかげで、クモハ113-3800はサンパチ君と呼ばれていました。

サンパチ君の相棒であるクモハ112-3800は113系の顔をしていました。
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(クモハ112-3814・下夜久野~上夜久野・2005年12月4日)
クモハ112-3814は3800番代化の際にパンタグラフを増設しました。

それにしてもサンパチ君の顔は凄すぎます。補強目的なのか、なぞの鉄板もついていました。
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(クモハ113-3814・下夜久野~上夜久野・2005年12月4日)
なお前照灯は103系みたいなタイプとこの車両のように車体に埋め込まれているタイプがあったようです。
サンパチ君は2008(平成20)年に223系5500番代に置き換えられて消滅しました。
まだまだついで感が強かった113系。2006(平成18)年は全然撮影しないという事態を経ていました。
(続く)

【過去の113系記事】
113系その1