儒教では、武力による治世を「覇道」と呼びますが、ここは「制覇の道」という勝手な意味で使ってます。
名所江戸百景
浮世絵師 歌川広重の晩年の作品です(一部、2代目広重の補筆あり)。
目録1枚と、119枚の図絵から成る。
その作品で紹介されている先を回ってみようかと思います。
東京もしくは近郊に住むようになってから久しいですが・・・
休日に訪問する先もマンネリ化してきまして・・・
どこか新しい場所を訪れようと思っても、TV番組やネットで紹介されているところは混んでるし・・・
そこで、歌川広重の「名所江戸百景」で取り上げられた先を巡ってみたいと思います。
相変わらず名所の場所であるところもあるであろうし・・・
面影がなくなっているところもあるであろうし・・・
ちょっと楽しみです。
まず初回は、旧東京音楽学校奏楽堂のコンサート前・・・
上野公園・公園周辺のスポットを訪れてみました。
まず、コチラ・・・『上野山した』という作品。
下谷廣小路から寛永寺の門前まで続く火除地が「山した」と呼ばれていたようです。
かつての寛永寺の境内は大きく、上野公園のほとんども寛永寺境内だったそうです。
その上野公園は台地にあり、台地の下なので「山した」ということなんでしょうね。
この階段を上がると、西郷隆盛像という場所ですが・・・
この辺りに寛永寺の総門(黒門)があったようで、階段の左側のモニュメントが門跡のようです。
公園の南側の入り口を撮ったものですが、この入り口のすぐ先に先程の黒門モニュメントがありますので、この辺りが「山した」に含まれるようです。
ちょうど浮世絵に描かれたあたりに当たるようです。
なお、右側のビル群の裏手にアメ横があります。
次に『上野清水堂不忍ノ池』。
浮世絵の中に、枝が円状に弧を描いた松が見られましたが、そちらも再現されています。
(分かりにくいかもしれませんが、下の画像の中央あたりに円状の枝が見えます)
浮世絵では不忍池も描かれていますが・・・
上の画像で行くと、池は撮影者の背面。
がんばって、浮世絵に近い形で撮影を試みましたが・・・
アングル的には、池方面に向けて撮るとこはできましたが・・・
木が茂り過ぎて、池が見えず・・・
せっかくの円状枝の松は、掲示板の影に隠れて・・・
上手い事行きませんね・・・(´・ω・`)
ちなみに、先程の松・・・
「名所江戸百景」で『上野山内月のまつ』という作品で松自体が取り扱われています。
樹々の隙間からほんのちょっとだけ池が見え・・・
池の対岸の街並みも見え・・・
なお、浮世絵に描かれた松は、明治初期の嵐で折れており・・・
現在のものは再現物になるようです。
<「名所江戸百景」訪問先> 番号は出版の順番
(6).上野清水堂不忍ノ池
(85).上野山内月のまつ
(116).上野山した












