【ら】楽々(らくらく) ;近江旅路㉑ | 公辞苑(ハムじえん)【第二版】

公辞苑(ハムじえん)【第二版】

吾輩の辞書には「不毛」という文字しかない!

特にテーマもなく、徒然なるままに書き綴ってます。

楽々・・・

① 気楽な様。ゆとりのある様。

② 無理したりするようなことがない様。たやすくできる様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回の記事の続き・・・彦根城巡りの話の続きです。

 

 

彦根城の天守などを見た後は・・・

玄宮楽々園に行ってきました。

玄宮楽々園は国の名勝として指定されており、玄宮園楽々園から成ります。

5代藩主 直興により建立された彦根藩の二の丸御殿で、槻御殿と呼ばれていたそうです。

現在は、建物部分を楽々園、庭園部分を玄宮園と呼び分けているとの事です。

 

 

 

 

まずは、建物部分の楽々園です。

こちらは無料で見学できます。

江戸時代初期には、重臣 川手主水の屋敷があったらしいですが、御殿や庭園を普請、大規模な拡張工事が行なわれ、その敷地面積は藩庁の表御殿(彦根城博物館)を凌駕するほどだったそうです。

直興亡き後、倹約令などによ建物は縮小気味に推移たようですが、文化10年(1813年)の14代藩主 直中の隠居j時に大規模な増改築が行なわれ、その後 楽々園は最大規模に膨らんだそうです。

現在の建物のおよそ10倍もあったようです。

 

 

こちらは、入ってすぐのところにある御書院です。

座敷の中には入れませんが、覗くことはOKです。

 

 

御書院の奥には、地震の間というものがあります。

建物の構造が耐震構造であるためそのように呼ばれているようですが、それは現在の呼び名であり、当時は茶座敷と呼ばれていたようです。

 

 

地震の間の奥に増築されたのが、楽々の間です。

15代藩主 直亮により増築されたもので、楽々園の名の由来となっています。

 

 

楽々園から玄宮園(庭園部分)を眺めた風景がこんな感じです。

 

 

 

 

そして、庭園部分の玄宮園へ。

玄宮園は池水を中心とした回遊式庭園となっています。

 

玄宮園から楽々園を望むとこんな感じです。

 

 

景観はこんな感じです。

 

 

池には船からの乗り降りを下であろう遺構もあります。

 

 

一番の見所は、庭園の先に天守が見えることでしょうか。

画像では伝わりづらいですが、実景では天守はもっと大きく見え、なかなかの眺めでした。

ここの庭園は良いですね♪

 

 

 

 

 

【次回へ つづく】