儒教では、武力による治世を「覇道」と呼びますが、ここは「制覇の道」という勝手な意味で使ってます。
そんな「制覇の道」・・・天皇陵を中心に皇族の御陵墓をできるだけ回ってみる天皇陵編も実施中です。
(ちなみに皇室の場合、「覇道」ではなく「王道」の象徴のような存在ですので、天皇陵編のタイトルは<王道の男>です)
1月24日~27日の四日間、鹿児島に行ってきました。
すでに一日目のことは記事にしましたので、ニ日目を記事にします。
二日目は、南九州市知覧町郡に行って参りました。
知覧・・・
島津家傍流の佐多島津氏によって治められ、武家屋敷が有名なのと・・・
戦時中の特攻隊の出撃基地として有名な地です。
この日は・・・
特攻隊関連の施設→武家屋敷→豊玉姫陵→亀甲城跡→武家屋敷(再訪)・・・と言う順番に回ったのですが・・・
まずは、豊玉姫陵についてご紹介します。
その名の通り豊玉姫の御陵です。
豊玉姫(豊玉毘売)は、日本神話に出てくる女神です。
海神(わたつみ)の娘で、火遠理命(火折尊;いわゆる山幸彦)と結婚し、鸕鶿草葺不合尊を出産。
なお、子の鸕鶿草葺不合尊は、豊玉姫の妹である玉依姫(玉依毘売)を娶り、神武天皇(初代天皇)を儲けてます。
つまり、豊玉姫は神武天皇の祖母であり、伯母でもあるわけです。
ちなみに、本日は建国記念日ですよね・・・
戦前は「紀元節」と言い・・・
紀元前660年2月11日に神武天皇が即位したことをもって定められた祝日でした。
ということで、神武天皇に絡めまして・・・
その祖母であり、伯母でもある豊玉姫の御陵を先に紹介することにしました。
知覧の武家屋敷群は、知覧の中心地辺りに延びている通り沿いにありますが・・・
そちらをどんどん西に進んでいきますと・・・
ちょっとだけ南に下って、再び西進する道になり、竹の多く生えた小高い丘を通り・・・
その丘を西へ下ると田んぼ道になります。
途中に田畑を荒らす野生動物を捕獲するためと思われる檻があるようね風景ですが・・・
そんな田んぼの中に、小さな鳥居が出現!
こちらが豊玉姫陵のようです。
御陵の正面に進む参道はありません。
田んぼの中の道を使って、横から行くしかないようです。
御陵の左からお参りです。
御陵と言いましても、見ての通り宮内庁管理ではないです。
実は、もともと豊玉姫陵の存在を知らなかったので、訪れる予定はなかったのですが・・・
鹿児島市中心地から知覧までのバス移動中に、豊玉姫陵の看板が見えたの急遽行くことにした次第です。
<参拝した歴代天皇陵>
神武(1)、綏靖(2)、安寧(3)、懿徳(4)、孝元(8)、開化(9)、垂仁(11)、成務(13)、仲哀(14)、応神(15)、仁徳(16)、履中(17)、反正(18)、允恭(19)、雄略(21)、清寧(22)、仁賢(24)、継体(26)、安閑(27)、宣化(28)、欽明(29)、天智(38)、天武(40)、持統(41)、文武(42)、孝謙(46)、称徳(48)、桓武(50)、嵯峨(52)、光孝(58)、宇多(59)、醍醐(60)、朱雀(61)、村上(62)、圓融(64)、一条(66)、後朱雀(69)、後冷泉(70)、後三条(71)、白河(72)、堀河(73)、鳥羽(74)、崇徳(75)、近衛(76)、後白河(77)、二条(78)、安徳(81)、仲恭(85)、後堀河(86)、四条(87)、後嵯峨(88)、後深草(89)、亀山(90)、後宇多(91)、伏見(92)、後伏見(93)、後二条(94)、長慶(98)、後亀山(99)、光明(北2)、崇光(北3)、後光厳(北4)、後圓融(北5)、後小松(北6/100)、称光(101)、後土御門(103)、後柏原(104)、後奈良(105)、正親町(106)、後陽成(107)、後水尾(108)、明正(109)、後光明(110)、後西(111)、霊元(112)、東山(113)、中御門(114)、桜町(115)、桃園(116)、後桜町(117)、後桃園(118)、光格(119)、仁孝(120)、孝明(121)、明治(122)、大正(123)、昭和(124)










