本田重次(1529~96)・・・
戦国~安土桃山時代の武将、徳川家康の家臣。
通称 作左衛門、剛邁で怒りやすい性格から「鬼作左」と呼ばれた。
1980年、高力清長、天野康景とともに奉行となり、岡崎三奉行の一人として有名。
1990年、豊臣秀吉の命を受けた家康によって屛居。
陣中から妻に送った手紙「一筆啓上、火の用心、おせん泣かすな、馬肥やせ」の簡潔な文面が有名。
昨年の大河ドラマ『どうする家康』は、個人的にはイマイチな感じでしたので、昨年途中から山岡荘八先生の『徳川家康』を読み始め・・・
やっと半分過ぎくらいのところを読んでます。
半分過ぎのところですが・・・
豊臣秀吉による朝鮮出兵、そして秀吉の死・・・といったところです。
その秀吉の死のちょっと前に、本多作左衛門という徳川家家臣の死がサラッと出てきます。
本多作左衛門・・・歴史本などには、本多重次の名で出てくることが多いと思います。
『どうする家康』では、この作左衛門は出てきませんでしたが・・・
山岡版『徳川家康』、それを原作とした大河ドラマ第21作『徳川家康』には主要人物として出てきます。
『どうする家康』では、酒井忠次と石川数正が仲良く両輪となって徳川家をまとめてる感じでしたが・・・
山岡版『徳川家康』では、石川数正の対となる人物としては本多作左衛門が当てられており、酒井忠次はさほど作品に出てきません。
こちらの数正と作左衛門は表面上は仲は良くなく、作左衛門は数正のことを罵っているようなことが多く・・・でも、裏では数正のことを認めているような感じです。
もっとも、作中の作左衛門については、数正だけではなく、殿である家康へも悪態、小言の類が多く・・・でも、徳川家・・・家康を愛している人物で・・・
天邪鬼というか・・・ツンデレというか・・・そんな人物です。
そんなツンデレの本多作左衛門・・・
大河ドラマ『徳川家康』では長門裕之さんが演じてました。
本当にうるさ型のオヤジ・・・鬼作左って感じで、好演でした。
子供の頃に見た番組なので、うろ覚えですが・・・
三方原の戦いのときには浜松城を守っており、敗戦で城に戻ってきた家康を迎え、その家康の馬の鞍に脱糞跡を見つけ、その糞を指ですくって・・・
「糞をもらしてござる、臭や、臭や」みたいなことを大声で言ってるシーンがあったと思います。
その後、カチンときた家康に殴り倒され、家康は「それは糞ではない、焼き味噌じゃ」みたいなこと言ってました。
(なお、山岡先生の小説では、作左衛門が言ったのではなく、大久保忠世が脱糞の事を「せつな糞」と揶揄してます)
山岡版『徳川家康』では、小田原の役あたりに隠居してしまい・・・
小田原の役後には出てこなくなり、最後に隠居先で死んだことが家康に告げられるといった感じでした。
(実際の人物は、豊臣秀吉の怒りを買い、小田原の役後に秀吉の命を受けた家康により蟄居を命じられたそうです。)


