<覇道の男→王道の男>天皇陵編(1) | 公辞苑(ハムじえん)【第二版】

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吾輩の辞書には「不毛」という文字しかない!

特にテーマもなく、徒然なるままに書き綴ってます。

儒教の政治理念で、武力や知力で世を治めることを「覇道」と呼びますが・・・

ここは「制覇の道」という勝手な意味で使わせていただきます。

 

 

 

このブログで旅行したことなどを書いてますが・・・

 

 

 

見返してみると、天皇陵や皇族の陵、墓などをけっこう行ってるんですよね。

全ての天皇陵に行くことはないかと思いますが・・・

まぁ、行ってみたものをまとめ、今後行った分を追加していきたいと思います。

 

ちなみに、「覇道」シリーズになってますが・・・

 

皇室の場合、古代の天皇の時代には「覇者」もいらっしゃったかもしれませんが、ある時代からは「王道」の象徴のような存在だったかと思いますので、天皇陵はこんなタイトルにした次第です。

 

 

(* 天皇の御名の後の数字は第何代目の天皇かを表してます)

 

 

 

 

さて、ブログをみかえしたところ・・・

 

 

2012年の12月に京都旅行に行ってまして・・・

 

明治天皇(122)の伏見桃山陵

 


 

 

あと、天皇陵ではありませんが、同じ敷地内にあります・・・

 

 

昭憲皇太后(明治天皇の皇后)の伏見桃山東陵


 

 

そして、この近くにあります・・・

 

 

桓武天皇(50)の柏原陵


 

 

ここで、日を変えまして・・・

 

 

仲恭天皇(85)の九条陵


 

 

そして隣接するところに・・・

 

 

皇嘉門院(第75代・崇徳天皇の中宮)の月輪南陵


 

 

そして、そこから遠くないところに泉涌寺というお寺がありますが・・・

 

 

その寺内にある月輪陵後月輪陵


この奥にありますが、圧巻でして・・・

25陵、5灰塚、9墓が営まれてます

天皇陵としましては、月輪陵に四条天皇(87)、後水尾天皇(108)、明正天皇(109)、後光明天皇(110)、後西天皇111)、霊元天皇(112)、東山天皇(113)、中御門天皇(114)、桜町天皇(115)、桃園天皇(116)、後桜町天皇(117)、後桃園天皇(118)・・・そして後月輪陵に光格天皇(119)、仁孝天皇(120)・・・

灰塚土御門天皇(103)、後柏原天皇(104)、後奈良天皇(105)、正親町天皇(106)、後陽成天皇(107)・・・

他にも、天皇以外の方の陵・墓がありますが、下の画像を参考にされてください



 

 

同じく泉涌寺の管轄内にあり、月輪陵・後月輪陵の北方にあるのが・・・

 

後堀河天皇(86)の観音寺陵


 

同じく寺内で、月輪陵・後月輪陵の東方にあるのが・・・

孝明天皇(121)の後月輪東山陵


後月輪東山陵の北側には、英照皇太后(孝明天皇の女御)の後月輪東北陵があります

上の画像で行くと、石段の前方に後月輪東山陵、石段の左手奥方向に後月輪東北陵になります

 

 

 

その後、このブログで天皇陵が出てくる記事は3つほどありますが・・・

 

 

 

ちょっと長くなりましたので、このシリーズの次回に続く!ということで・・・。


 

<訪問実施した天皇陵>

桓武(50)、仲恭(85)、後堀河(86)、四条(87)、後水尾(108)、明正(109)、後光明(110)、後西(111)、霊元(112)、東山(113)、中御門(114)、桜町(115)、桃園(116)、後桜町(117)、後桃園(118)、光格(119)、仁孝(120)、孝明(121)、明治(122)