おだわらぐらし -74ページ目

おだわらぐらし

縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

(大分間があいてしまったのですが_)

駒場公園内の旧-前田侯爵(旧加賀藩主)邸を見学しました。(20年ぶり、でしょうか)

先に日本民藝館を見学したので 駒場公園を通り抜けて~ 洋館南側から接近。
↓南面のテラスから見ることに。



昭和初期に建てられたコンクリート製の洋館(←元々前田家のお屋敷は本郷にありましたが 関東大震災後に駒場農学校(後に東大に統合)と土地・建物を交換し 駒場へ移っています。洋館の設計は宮内省の技師-高橋貞太郎。/ 余談ながら本郷の前田邸は東大の迎賓館として使われたそうですが、戦災で失われています_) ですが 不思議な「古めかしさ」を持ってますよね?  / この頃当主の前田利為(トシナリ)氏は駐英大使で、この洋館の造りには 彼の意向が濃く反映されている そうです。(イギリスにいる前田氏に 日本の技術者達は いちいちの指示を仰いだ~とか_)

二階のベランダの角ちょに アルカイックなスマイルをたたえるグリフォン(猫ちゃんに見えますけどね?)。


↑手前のボウルには前田家の家紋「梅鉢紋」、その下には花綱(フェストン)があしらわれています。
↓ベンチの置かれたテラス。/当時はどんな使われ方をしていたんでしょう?(レストランだったら テーブル席に使う~ とかですよね?)

↓西側にもグリフォンとボウルがあった。





公園部分を抜けて~

侯爵邸敷地内へ。

↑公園との境の煉瓦塀。(って 元々駒場公園って侯爵邸のお庭 ですけどね。)
↓説明板。

↑へー 館の南の芝の庭では かつては園遊会が開かれたり 侯爵の家族が乗馬やスキーを楽しんだりしていた~ んですかー!

改めて侯爵邸へ向かいます。



屋根付きの車寄せ。

↓南西の 三階建ての四角錐の屋根を持つ塔部分。(三階は公開されていませんでしたが 何があったのだろう?)

↓車寄せの天井。


では館内へ。

↓説明パネル。



やー 見学者が多くて 人のいないところを探しながら撮っていったら どこが何かわからなくなりましたー・・・
という訳で 順番があやふやなところもありますが お許し下さい。

↓「玄関ホール」。

↓玄関ホールから奥を見たところ。

↓玄関ホール南の「サロン」。




↑説明板。
↓サロンの窓からの眺め。


↓サロンから西へ向かうと玄関横の「塔」の一階部分、「第一応接室」。/「第一」~というとなんだか侯爵家にとってのオフィシャルゲストが通された? ように感じてしまいますが、説明板によると「侯爵夫人や令嬢のお客様が通されていた応接室です。」だそうです。

↑入室すると正面に見える モダンな白い暖房機が印象的です。(他の部屋の暖炉は 重厚なクラシカルスタイルの物なので この部屋は特に近代的な感じがしますね?)




↑説明板。「(前略)当初は、ダマスク柄の壁紙(色は不明)に、同じくダマスク柄の黄色いカーテンがかけられており、明るい雰囲気の部屋であったようです。」 (でも当時の写真に写るカーテンは黄色には見えないんだけどー)

↓続いて「小客室」。(「サロン」の東側になります。)

可愛らしい部屋ですね?



↑南側。↓東に「大客室」。


↑「小客室」と「大客室」はパーティションで仕切れるようになっています。
↓大客室は南に張り出し窓を持っていました。




↓大客室からは 北の階段前広間に出られました。


↓階段下から玄関ホールを見たところ_。

階段を上がるのは後にして~

↓階段下、を見ましょう。


普通階段下は「カボード」という収納スペースに使われる事が多いものですが 前田様ンちは違います。「イングルヌック」という 暖炉付きの小部屋になってるんですねー。


↑作り付けのベンチ。/イングルヌックという単語はこの 炉端のベンチを指す事もあるそうなー。
↓説明板。


↓階段前を通り過ぎて 東の「大食堂」に入ったところ。


↑因みに大食堂へは 大客室からも向かう事ができます。
↓大食堂の暖炉。

↑大きくて立派。お城の暖炉級!(シランケド)
↓暖炉の向かいには張り出し窓。


↑説明板。

↓大食堂の北の「小食堂」に入ります。



侯爵家の皆様は 普段はこちらでお食事をなさっていたそうです。

東向きのダイニング_ ここで皆様どんな物を上がってらしたのでしょうね?(尚、前田家の調理室は地下で、料理はここへ小型昇降機で運ばれた~ そうです。)

↑説明板。
↓ここには 食器やトレイ カトラリー類も展示されていましたが、なかなか見応えがありましたよ?


尚、前田家の銀食器は全て「マッピン&ウェッブ社」で誂えた物だそうです・・・ (ひえー)





↓和の食器も華やかで美しい物でした。



小食堂から 廊下を通って二階へ通じる階段を目指しております。

(↑正面は「大客室」。右へ回ると階段前に出ます。↓)


では 二階へ。



↑階段の手すり脇に振り子式フロアクロック。

階段ホールの南の部屋は「夫人室」でした。


説明板によるとこの部屋は 菊子夫人(後妻)の部屋~ でありながら 家族団欒の場でもあったそうで、「邸内でもっとも華麗な部屋であったといいます。」だそうです。
↓その隣(東の部屋)は「寝室」。


(↑鏡台や大きな姿見が置かれており むしろこちらが「夫人室」な雰囲気?)

北側に「三女居室」。


↑が、説明板によると 元々はここが菊子夫人のための化粧室だったそうです。/後に三女さんの部屋になったんですね? 写真には 天蓋付きベビーベッド 窓辺にはベビードール、そして壁側の小箪笥の上には日本人形が飾られています。

その又北は展示室。

_でしたが 元々は「女中溜」だったそうです。

(↑畳敷き+襖 な上に 角には茶室の水屋のような物も作られてる? / 右に置かれてるのはミシンかしら?)
↓この部屋に置かれていた アンティークな木製トラヴェルチェスト。家紋付き!

駐英大使だった侯爵の事ですから 沢山の荷物をもって船に乗ってらっしゃったんでしょうねー。
↓この部屋の窓からは 廊下で繋がった 東の和館も ちら と見えましたよ。

(和館へは 後で行きますー)

一度階段ホールまで戻り、
↓次女さんのお部屋へ。


↑渋い暖炉。

↑説明板によると、元々は書斎の図書室 だったようですね?

次女さんの部屋の西は「次の間」。



↑小さな部屋ですが 暖房付です。
↓二階の南西角の部屋は 侯爵の「書斎」。


壁の肖像画は菊子さんでしょうか?


書斎の北、西向きの広い部屋は 長女さんの部屋でした。(書斎より広いんですよ?)



時に ここは屋敷で唯一「車寄せの屋根の上」に出られる場所。お姉さん、屋根の上で遊んだりした、かなー???

↓北西の角は 従者室 でした。



↓ロの字形に建つ侯爵邸の 中庭。(従者室の前辺りから見ています) /左(北側)に煙突がありました。地下の厨房のものでしょうか?

↑どーでもいーかもな話ですが真ん中の手前から「突き出している」建屋は 1F女子トイレです。
↓バルコニーのような出っ張りが南西の角に設けられていましたが_


あの下は1Fの男子トイレです・・・ (当時からそうだった、のかな?)
↓反対側から見た煙突。


↓ついでのおまけで、1Fから見た煙突の写真も貼っておきましょう・・・。


従者室脇の階段。

降りた先にあったのは会議室、でした。


同じ階の北西の部屋は 女中部屋。


その南隣も 女中部屋。


↓ここは、実際は歩けない階段ですがー 見るだけでも「シックで素敵」。

(↑多分 これを半階上がった先が「会議室」、一階上がった先が「従者室」かな?)

_ これでひと廻り。

と こんなに大変広いお宅ですが、なんと侯爵様は「本郷の屋敷は広すぎて不便だった~」と、新しい駒込の新居(ここ)には コンパクトさをお求めだったそうです!(びっくり^^;)

続いては和館の方へ向かいます。



↑お屋敷の西側を回って~
↓北側へ。


道なりに進みます。


ここからが 和館 です。/ つづく