南町(西海子・十字エリア)の花たち | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

14日。南町をぷらりと散歩してみました。

まず、一号線沿い_ 小西薬局の東の道を 南-海側へ入ります、

_と。右手(西側)に祝い花が並んでいました。/ 少し前にグランド・オープンした「高はし」という和食屋さんです。(以前「宮小路オールド」で営業なさっていたそうで、「へー」! その頃伺いたかったなあー。)


(↑奥にチラと覗く寄棟の屋根は 小西薬局さん。)

どっさりの祝い花に、なんだか いきなり うっかりメインディッシュを食べたような気分になってしまいましたが・・・  散策は始めたばかり。気持ち切り替えて「お散歩」して参りましょうー。

↑最中の皮、でお馴染み 「秀種」さんの工場前。香ばしい匂いが漂っています~。
↓その先に お酒の「箱根屋」さん。

道なりに進みます。

↑左に「圓福密寺(真言宗/東寺派)」。
↓その門。


↑圓福密寺東隣には「みゆき愛児園」が建ちます。

↓圓福密寺の 道を挟んで西には「正恩寺(浄土真宗/大谷派)」。

鐘楼門の手前にクレーン車が入ってました。

↓塀越しに鐘楼門、

↓本堂。


↓正恩寺前の西は「蓮昌寺(日蓮宗)」です。



↓蓮昌寺の墓地の南に お水が供えられていました。

↓道祖神さん、です。

(↑地域の方から大切にされているようですね^^)
↓こちらは地神さん。

↑地図には「水主屋敷(カコヤシキ)の道祖神、地神」と載ります。(水主(カコ)というのは 水軍的性格を持つ船乗り。/稲葉氏が藩主だった時代 この辺りに水主を住まわせていたそうで、「水主長屋」という地名が今に残っています。)

道なりに進むと 辻に出ます。

↓南_海へ向かう道。(荒久の浜の灯台横に出ます。)

↓西へ向かうと 早川漁港。

↓そしてこの角に建つのは「大蓮寺(浄土宗)」。

(↑道から直接本堂前へ出られる アスファルトを敷いたルートは 多分後付けでしょうね?)
↓因みに本堂には 本尊 阿弥陀様の他 七福神の木像の福禄寿さんがおられます。

↓門はこちら。


↓門の脇の桜。

(かなりの年なのでしょう 幹にはノキシノブ(かな?)が見られます。)

若葉の勢いに負け気味ではありましたが、なんとか花も残っていました。

↓もっと早く見に来ればよかった。

↑来年も 頑張って咲いてねー。

↓ここからはワンブロック、北へ歩きます。

(↑お城の「箱根口」へ通じる道です。)
↓右手にセブンデイズ派の教会。


↓左手に(どなたかのお屋敷の)トキワマンサク。



↓その先の左の角に駐車場があるのですが_

↓かつてこの敷地には岸田國士(クニオ)が住んでいたといい、北側には門がそのまま残されています。


(↑ちゃんと撮れてなかったので これはストリートビューからの頂き物。)

で、この岸田國士宅跡 から西へ伸びる道が「西海子(サイカチ)小路」です。/ かつて「馬場」だったと伝わります。(稲葉氏の時代にはすでにこの地名が文書に見えます。/因みに「西海子」というのはマメ科の植物。トゲがあり 昔は垣根に植えられていたそうです。)

西海子小路の両側にはソメイヨシノが植えられており  花の頃は長く「桜のトンネル」として地域の人から愛されてきました。

が、ソメイヨシノは存外命が短く(平均寿命約60年) 寿命を迎えた木が切られ 代わりにジンダイアケボノの苗木が植えられております。/二つの木は サイズもですが 咲く時期も異なるため・・・ 桜のトンネルは見る事ができなくなってしまいましたーーー。(2008年の桜のトンネル⇒  今年3/27の ジンダイアケボノが満開だった時期の西海子小路(4/6にUP)⇒


↓南に「小田原文学館(旧-田中光顕伯爵別邸)」の門。

↓あら、文学館の北向いが更地になっています。


↑残された立派な門_。(板塀は取り除かれています_)
_寂しい事ですが ヨソモノがどうこう申す事ではありませんね_
↓尚行きます。




↑300mに渡って続いてきた桜並木も ここでオシマイです。

↑最後の木の↓梢の花。

↓振り返って見た西海子小路。


↓西海子小路が 南北に走る道(熱海街道。明治期に豆相人車鉄道が敷かれた道でもあります_)にぶつかる地点に 旧町名標が立っていました。

↓御厩小路(オウマヤコオウジ)。


↑写します。「御厩小路は、西海子子王子がこの小路に公さする地点の西側に位置し、地名の由来は小田原藩の馬屋があったことによる。小田原城主稲葉正則がここに馬を見に来たという記録も残されている。この小路は、熱海街道の起点でもあった。」

道を北へ上がります。
↓ヤオタメさんの近く。/ 昔はここに「豆相人車鉄道」の小田原駅 があったんですって。

↓一号線に出ました。(道の向こうに見える櫓は消防署-南町分署のもの。)


↑「小田原駅跡」と彫られた石柱。

↓ではここからは国道一号線に沿って東へ歩いていきましょう。

(今更言うまでも~なのですが、一号線は江戸時代の「旧東海道」。明治に入って国府津に東海道線の駅が出来ると、「国府津←→箱根湯本」を結ぶ「馬車鉄道」が走ったのもここです。/ 熱海方面へ向かう旅客は 馬車鉄道をここで降り、人車鉄道の「小田原駅」から 人が押す車輛に乗った~ んですね?)
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街路樹にご注目。「ハナミズキ」です。










↓南に報徳広場。


↓その隣の「ヤマト運輸」があった場所は「南町ひろば」というコミュニティーセンターになりました。(地域住民以外も利用できるみたいね? +ヤマトの宅急便も持ち込めるよう。)



↓左手にういろうさんが見えてきた。

↓で、 ういろう前のバス停脇にも ハナミズキが植えられていたのですがー・・・



↑♪ウスベニ色の~ でした。(ここまでのハナミズキは「白」ばかりでしたが。 歌の通りの 薄紅色のハナミズキ、可愛いですね。陰で色が綺麗に出ないのが残念っ)
↓ういろう前のハナミズキは「白」でした。

(見て来た限り、国道の南側のハナミズキで 薄紅色は一本だけ だったみたい_。/ 北側の街路樹はどうだったかな? 今度歩く時は花の色に気を付けて歩こうと思います。)

小西薬局さん前まで戻って来ました。(正確には「イガラシ写真館」前。)

↑ここから東の街路樹は「サルスベリ」になります。(↓一枚目にも貼った絵。)


↓御幸の浜交差点。

↓この交差点から北が「お堀端通り」です。/ お堀端通りの街路樹はご存知「桜」。


(↑思いの他に花が残っているな~ とよく見たら「八重」でした。)

この後はお堀端を北へ歩き スーパーで買い物をして帰りました。/ おしまい。