松永記念館で「横田七郎 生誕120年記念特別展 - 彫刻と版画と - 」を見ました | おだわらぐらし

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先月_27日は板橋の松永記念館へ行ってみました。


↑目当てはこれ、でございます。(町の掲示板にも貼られている)「横田七郎(ヨコタシチロウ) 生誕120年記念特別展 - 彫刻と版画と - PartII(1/10~3/8)」という作品展示会。
横田七郎(1906-2000)という方は 小田原市民としては知っておかねばならない方、らしくて_。(恥ずかしながら我々 全然存じ上げなかったのですが)

途中 カフェ「KURA」さんの前で『MFゴースト』のデジタルスタンプラリーの旗を見て「へー」と思ったり、


板橋公民館前の河津桜に見とれたり、


↓内野醤油店の耐震補強工事の進み具合を見たり、しました。


↑とりあえずこの3月5日で工事は終わるみたいですね? 早く一般公開が再開されますように。

↓松永記念館、到着。

時に、お庭の梅の咲き具合は?

あー・・・すでに散っていたかー。

ま、二月ももう末ですもんねー。

受付で「福寿カード」(←60歳以上の小田原市民がもらえるカード。このカードの提示で入館料が無料になる施設が市内には色々あるのです。松永記念館もその一つ。) を提示して~ 館内へ。


(↑チケットとリーフレット。)

(撮影OKでした。)


まずは横田七郎という方がどういう方なのか、を知って参りましょう。

↑ってとてもこの小さなブログではご紹介しきれませんがー

↓ざっくりと~ 申すと、横田先生は 1906年、台湾生まれ。18歳で美術の道を志して本土へ来られ 彫刻家-佐藤朝山(玄々)氏に師事。1929年、素朴な木彫作品が院展で入選し、彫刻家として歩み始められたそうです。戦時中 足柄下郡下府中村(シモフナカムラ)中里(現小田原市)に移り住んで家庭を持たれ、 戦後は 第五中学(現鴨宮中)や城東高校(現東高) 西湘高校 小田原高校美術を教えられながら 二宮神社境内の「二宮尊徳 回村の像」や 飯泉観音境内の「二宮金次郎 初発願の像」 桜井小学校校庭の「二宮金次郎 少年像(腰をかけて読書する金次郎の像)」 図書館に置かれている「星崎定五郎翁之像」などなどなどを制作してこられたんですね?(鴨中の校章のデザインも横田先生、とか。)

へー。
これは確かに_
小田原市民として 知っておくべき方のお一人、ですねー。

作品を鑑賞して参りましょう。
↓目玉はやはり 何といってもこの 超リアルな「めざし」。(木彫とは思えません!)


↓いやもう 再現率が高過ぎて 美術品に見えない位(???)


(↑↓本物の燻製にしか見えません?)

↓めざしは横田先生が美術人になる 最初の一歩 を作ったものでもあり、晩年まで好まれた題材だったそうです。

(後年「版画」にも取り組まれるようになる横田先生ですが 題材があまり変わっていない、というところ 面白いですね?)




↓「果物」のケース。

素描・油絵・版画・木彫~ 同じ素材が異なったテイストで表現されています。


(↑小品ながらこの油絵の柿 渋くて「民芸」風の魅力がありますわね?)

↓こちらは スポーツを題材にした彫像や素描のコーナー。

横田先生は躍動感あふれるスポーツ 特にラグビーやお相撲がお好きだったそう。



↓あー これは小錦ですね?(年表にも小錦と写る写真がありましたっけ)

↓ラグビー。


↑何というか 「むずかしい事になっちゃってる」感じがしますが、、、
↓一瞬、が3Dになるって_ 考えたら面白い ですね?

(↑尚 この作品は相洋高校の創立 50 周年記念、として依頼制作され体育館前に設置されている~ そうです。)

↓版画の制作道具類。

↓版木。

↓印章。


↑右上の「顔」はだれでしょうね?

↓出口付近に貼られていた 尊徳像。

↑今までなら「お馴染みの~」と通り過ぎるところだったでしょうが 今回は「この像も横田先生の作品だったんだねえ?」と しみじみ見た事です。

↓本館1Fにも展示品があるそうなので、行ってみます。



↓ここには「軍鶏(シャモ)」の造形作品が沢山並んでいました。





↓「人のかたち」というコーナーにはマイヨールとムーアの間?的な なめらかな曲面で表された人物像が置かれていました。

↓こちらは「バレエ」の連作。同じポーズが単純化されていく行程、面白い。

↓お子さん達を描いた作品。



↑きっと優しいお父さん、だったのでしょうね^^)

「良い物が見られたー」という喜びをもって おいとまさせて頂きました。/ おしまい。