佐奈田霊社を訪ねてみました | おだわらぐらし

おだわらぐらし

縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

(下からの続き__)
文三堂(ぶんぞうどう)から 一度「分かれ道」まで戻り・・・
 
坂道を上ると 佐奈田霊社の駐車場がありました。
(結構広いので 車で来ても大丈夫そう)
 
更に坂を上った先に 
 
↓佐奈田霊社へのスロープが__。
 
↓スロープを上ると・・・
 
↓霊社の境内に出ました。
 
↓佐奈田霊社は 「社」がつくけれどお寺。守っていらっしゃるのはご住職様でした。
 正面の綱は 本堂内の阿弥陀様と繋がっていて、この綱に触れれば本堂で阿弥陀様を拝んだのと同じご利益があるそうです。(とご住職から伺いました/ ご住職からは他に お寺のこと 古戦場のこと 与一のことなども伺い 寺宝の絵や 神像 与一の墓石等を見せて頂きました)
 
↓境内にあった「手附石」。与一は大変な力持ちで 石に手をつけば手形がつく程・・・ だったそうです。
 
↓ご神木と与一塚。
 頼朝の旗揚げの戦であった1180年の「石橋山の合戦」は 三浦一族の到着の遅れにより「敵3000 見方300」という 多勢に無勢の悲惨なものになりました。これは、その戦いで 先陣役を与えられ25歳の若さで討ち死にした佐奈田与一義忠の墓です。後年この塚を訪ねた頼朝は 辛い戦とここに倒れた与一を思い落涙したそうです。
 
与一塚の前に階段が・・・。
ああ これを下りればさっきの文三堂に出るんだ。
主の与一の墓と 郎党文三の墓は こういう位置関係にあったんですね。
 

↓ご住職から分けて頂いた 佐奈田霊社の小冊子。
霊社の縁起 寺宝の紹介とともに 石橋山の合戦の話が平易な話語で書かれていて 興味深かった。
 
佐奈田飴_ 与一は戦場で痰のため声が出せずに討たれた、そうな。死後与一は喉の神様として祭られ 霊社では佐奈田飴というのど飴が売られていました。
 
↑これは実は買った物ではなく 
 もったいなくも頂戴してしまったものです。
 お土産に義父にあげました^^ 
(私も一つ頂きましたが 生姜がきいて美味しかったです)

↓駐車場まで戻ると 蜜柑畑に猿達が見えました。
 「サルにエサを与えないで」という看板があちこちにある小田原ですが
 猿、本当にいたんだー! でした。
 (猿は お堂辺りでも4頭程見かけました。
  群れで移動していたのかもしれませんね) 
 

この後は ご住職オススメのコースを通って帰りました。
(ちょっとだけ つづく)