
「川越八幡宮」

鳥居脇の説明板によると まもなく創建1000年、だそうです。

↑「抄/ 川越八幡宮は 長元三年(1030)源頼信公(←川越源氏の祖)によって、豊後国宇佐八幡からこの地に勧請された神社です。」
鳥居の手前に 手桶。


↑中にはカリンとお花が。
鳥居の先_ 生木の門柱(?)。


(↑欅かなあ?)
参道を進むと あちこちに・・・



・・・彩(イロドリ)のオモテナシという事かなあ?(彩の国さいたま、ですもんね?)
尚行くと_

一面黄色、の境内に出ました。

(↓振り返って見たところ)

葉を降らせているのは・・・


↑社殿前の御神木のイチョウ、でした。(昭和8年に並べて植えられたという雌雄のイチョウ。今はまるで「一本の銀杏」のようです。)
東の鳥居から伺います。

(こちらの神社も「東向き」。/ 今立つ 川越街道側からの道が「表参道」です。)
↓扁額。

↓鳥居の下から見た拝殿。

手水舎。

ここにも彩のおもてなし(勝手な命名・勝手に使ってます)が。




では社殿前へ。

ちょっと大人しそうな狛犬達が守る~


シックでオシャレな拝殿。



_ご挨拶。
扉横に某学陸上部部員が捧げた「必勝祈願」の絵馬が掲げられていました。

(がんばれー)
この後は 少し境内を回らせて頂きました。
↓これは「厄除桃」だそうです。

↑桃は黄泉比良坂で黄泉の軍勢を退け、その功績から 伊邪那岐命から「意富加牟豆美命(オオカムヅミノミコト)」という神名を授けられ、更に 「葦原中津国にあって苦しんでいる人があったら助けなさい」と命じられている、んですねー。

↑その近くに植えられていた桃。/御神木との事。
↓「民部(ミンブ)稲荷」

↓こちらのお稲荷さんは「相撲稲荷」とも呼ばれているそうな。

↓何でも 八王子の狐が~(中略)~で、その後川越へー。ですって。

(日本昔話で放送されたバージョンのあらすじは こちら→*)

(↑扉の猪の目がなんだか「笑顔」のように見えますね^^。/ 話それますけど 賽銭口がずいぶん下の方にありました。)
稲荷社の向こうには「目の神様」。


本殿横に「こころの小径」。


ここには小さなお参り処が並んでいました。
↓まず「再会(サイカチ)の木」。


↓その先に稲荷神社。

↓川越三峯神社。



(↑横から見たところ。結構「高く」造ってありますね?)

その向こうに「ぐち聞きさま」。

(↑「聖徳太子のお姿」との事_。)

こちらは社家さんのお玄関でしょうかー

「彩のもてなし」があふれていました。



↑頭貫きの上には 白い鳩。(欲を申せば もう一羽いてほしかったかもー^^)
ありがとうございました。

(↑表参道側の鳥居)
(↓裏参道を通って 八幡通りに戻ります。)


この後は クレアモール(商店街の中を通る歩行者用街路)を通って産業観光館「蔵里」へ行きー




お土産を求め 帰途についたのでしたー。 / おしまい。
<おまけ>

↑あちこちで見て「何だろう」と思ってきたこのキャラクターの名前が 旅の終盤になってやっとわかりました。「ときも」だったんですねー。(ときも は川越のサツマ芋(川越芋)を すこん と割った形~のキャラクター。 / 川越は江戸から十三里でここから「九里四里うまい十三里」というキャッチフレーズ(?)が生まれたそうなー。)

(↑実は 本丸御殿のスタンプ台の上にもいた、のよー。薩摩芋とは思わなかったー。)
↓他にこんな消火栓もありました。

↓よく見かけたマンホールの蓋は ヤマブキとカシの葉を組み合わせたデザイン」のものでした。

↓成田山近くでは「時の鐘」の図柄の物を見ました。

川越には他に 「まつりの山車と時の鐘」の図柄の物もあるといいますが、残念ながら出会えませんでしたー。/ いつか遭ってみたいものです^^)