

バス停のすぐ脇にある「塔ノ澤橋」。

一号線を車で走る時も 登山鉄道の車窓からもよく見える橋ですが 目の前 で見るのは初めてです。そしてここまできて この橋が「金乃竹 塔ノ澤」というホテルの私有地に架かっている、という事を知りました。(つまり、渡れないー)
おや、早川の右岸の斜面に 登山電車が見えます。

(↑スイッチバックポイント 「出山信号場(デヤマシンゴウジョウ)」です)
↓あ、下ってきますね。という事はー この後 鉄橋を渡るって事じゃん!

左から右 (右岸から左岸)、へ。 湯本へ向かって 緑のトラス橋「早川橋梁」を走る電車。

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いきなり いいものが見られましたー^^)
この先にはどんな景色が?
ではここから バス停「上塔ノ沢」まで 「一区間」 歩いていきますよー。

周囲の木々の色づきは「なかなか」ですが 残念ながら谷なので陽がささず いい色に撮れませんー。(ちなみに「2時半頃」だったと思います)


少し下った山側にー

ニッチ状の窪みに祀られたお地蔵さんがありました。

↑横には石碑。/ 残念ながらお地蔵さんの由来も 石に刻まれた碑文も 判らないまま_。何かわかったら綴ります。

尚行くと_

川の向こうに変電所が見えてきました。




_っと、これは?

「小屋掛ノ椎木(コヤガケノシイノキ)」ですって。

これは『箱根霊験記(ハコネレイゲンキ)』という 江戸時代に書かれた仇討ちの物語に登場するー 「主人公;飯沼勝五郎が病を得、温泉療養のためここに小屋を掛けた場所」だそうです。/ 私この話を全然知らなかったのですが、_ 勝五郎の妻の名が小田原の女性「初花」なんですね。(初花は 滝の名 ホテルの名 蕎麦屋の名 として 箱根ではポピュラーな名前ですが、オリジナルは物語の主人公の妻、だったんですねー!)
物語では_ 初花は病気になって歩けなくなった夫・勝五郎を躄車(イザリグルマ)に載せて温泉で療養させ 自身は塔ノ沢で滝行を~。 そのおかげで勝五郎は病が癒え 仇;滝口上野(タキグチ コウズケ)を討つことができる~ そう。/ ここには昔 物語の中の「あの場面」を思い出させるような椎の木が生えていた、のかな?
で さて その「小屋掛ノ椎木」跡の 山側にはー

湯本の早雲寺の末寺だったという「浄福院」の跡地があるのでした。

この石段の上、との事でしたがー

上がってません・・・。(「浄福院由緒略記」によると 浄福院は昭和23年9月に台風による山崩れで倒壊し 本尊仏を含む寺宝は失われたそうです。ただし「十一面天寿観音像、韋駄天像、初花座像が掘り出され 早雲寺ほかに保存されている。(中略)今は開基上原源左衛門の墓碑と 初花伝説縁りの髻塚(モトドリヅカ)、谷崎潤一郎の愛人の墓などが残る。」のですって。
更に行きます。


吊り橋がありました。



橋からの眺め_。



(↑川上側)
(↓川下側)

(↑右手前が「ホテル キャトルセゾン」 中央のクリーム色の建屋は「紫雲荘」。)
橋を渡った先ー

左側に変電所が建っています。


↑えー?「吊り橋通行上のお願い / 車両総重量は2トン以下にして下さい 車両台数は1台にしてください 車両走行速度は時速10キロメートル以下にして下さい 30人以上は同時に渡らないで下さい」 _ って そういう事は 国道一号線側にこそ掲示しなくちゃー・・・。

(↑左岸側から見た図ー)
(↓尚、変電所の先には「山の茶屋」というホテルが一軒あるだけ、です。)


一号線に戻ったところ_。

左手_ 川側は この辺りのホテルや旅館の駐車場です。




(とても景色の良い場所なので 「駐車場にしておくのはもったいない」ように思うのですがー・・・)



(↑バス停「上塔ノ沢」もここー)
_と こんな駐車場の向かい、 山側には 「熊野神社」がありますー。

項を変えて 続けます。