

左手は 早雲寺の墓地。

↑門扉に北条の家紋「ミツウロコ」模様 / 早雲寺は戦国時代の小田原の領主 北条家の菩提寺なのです。
漆喰の塀が現れた。/ この奥がお寺の境内、ですね。

塀に載る鬼瓦。/まだ新しい物のようです。

門_。

経の巻(飾り瓦)の下にも 軒丸瓦にも 「ミツウロコ」。

門の脇の寺号標には「早雲禅寺」と彫られています。

ここは臨済宗大徳寺派 のお寺なんですねー。

(小田原の領主 北条氏の初代 早雲が 臨済宗の大徳寺で修業した経験を持つ方だった事もあり 菩提寺は大徳寺派、なんですねー。)
門の南前方に もう一つ、門。


↓旧東街道(現・国道一号線)に面して建つあちらが「惣門」、

↓そして今私達が立つこちらが「中門」、です。

↓早雲寺についての説明板。(中門の向かいに立っていました。)

「早雲寺は、大永元年(1521)北條早雲(←北条家初代)の遺命により、その子 氏綱によって建立された寺であり、以来 北條氏一門の香火所としてその盛衰をともにし現在にいたっています。この寺には、北條文化の香りを伝える数多くの文化財が残されており 北條文化を語るのに欠くことのできない寺です。」 なるほどー。
境内に入り 石畳を行くと 唐破風を持つ 庫裡の玄関に導かれます。



庫裡の西には_

本堂。


↑大棟にも「ミツウロコ」が見えますねー。
↓お堂の正面のお賽銭箱にはー

「奉納/ 東京 魚河岸 星伊之」と彫られていました。

(↑左下は奉納者のお名前? ヨシユキさん、かしら?)
賽銭箱横には 本堂の説明書きが。

↑「箱根町指定重要文化財 本堂(方丈)」
こちらは本堂=方丈なんですね。(朝鮮通信使の写字官が「方丈」という扁額を書いた そうなのでその扁額を探したのですが 分かりませんでしたー)))
「本尊 釈迦三尊(釈迦如来坐像、文殊・付言菩薩像)
開山 以天宗清(イテンソウセイ)(大徳寺83世)
開基 北条氏綱
中興開山 菊径宗存(キクケイソウゾン)(早雲寺27世 大徳寺165世)
創建 大永元年_(上のプリントでは1592年と読めますが 1521年の間違いですね。)
再建 寛永四年(1627年)」
続きに 「現本堂は寛永年間(1790年代)の建立」となってますが 多分「寛政年間(1789~1801)で1790年代の建立 でしょうね? (続けます)
「平成15年6月に近世寺社建築の遺構建造物として初の町指定文化財に指定されました。元は茅葺寄棟造。」_だそうです。
ではまず 北条五代の墓所へお参りをー。


(↑一般信徒さんの墓地を抜ける時 西に箱根の二子山が見えました。/ きっと昔は 今より更に よい眺めの場所だった事でしょうね。)
墓所の写真はここまでにいたします。

_五代の五基の墓は 右から 初代・早雲 二代・氏綱 三代・氏康 四代・氏政 五代・氏直 と並んでいました。/ 意外な程簡素な墓ですが、整えたのは狭山藩北条家の五代目当主・氏治。寛文12年(1672年)の事、と言います。/ 小田原の北条氏は秀吉に攻められ 五代で終わっていますが、氏康の孫で氏直の養子になった北条氏盛に始まる河内国狭山藩の北条家や 玉縄北条家は 江戸時代になっても存続していたんですねー。

(もし豊臣の天下が続いていたら 滅んだ北条氏の墓を整える事は難しかったかもしれませんね? / 徳川の世が来た事 五代目氏直が家康の娘婿だった事などに 北条家は救われた?)
墓地の斜面地を東へ進むとー
美しい茅葺屋根を持つお堂がありました。

開山堂_。

開山者 以天宗清が祀られているんですね?

時にこの場所は 本堂の裏手にあたり (鑑賞すべき位置にはありませんが)少し お庭「香炉峯」を見る事ができます。

(初代 早雲の末子で 大変長命だった北条幻庵さんが作庭に関わっているのでは といわれる庭 なんですヨー)
引き返して本堂の脇から改めてお庭を拝見ー。







ではおいとまさせて頂きましょうか。

おっと 茅葺の屋根の載る鐘も拝見せねば。

この鐘は 県の重文。

秀吉が小田原を攻めた時 この寺の鐘を一夜城に運んで「陣鐘」に使った~ と伝わっています。
中門を出たところ_。

惣門の方へ進むとー

右手に 地蔵像や 祠があるのに気づきました。

二体の大小のお地蔵さんが ・・・「縦 並び」?

(どんないわれが?)
祠も ちょっと不思議でした。

虹梁の上に彫刻が こんな感じで・・・。

(↑右は柄香炉のようですがー 真ん中は鼎?でもしかしてその左は俎?)))
どんな神様が祀られているのかしら・・・
惣門を出ます。

一号線へ上がって 振り返って見た惣門。


扁額には山号「金湯山」が書かれています。

「朝鮮國 雪峯」は揮毫者。1665年の朝鮮通信使の写字官・金義信という人の、 雪峯は号 との事。 (ネットで この方の揮毫になる「方丈」という扁額も お寺にある~ と読んだのですがー 見つけられませんでしたー)
時に_ 門の前にこんな 唐子風の石像があったのですがー・・・

以前来た時には この像は無かったんですよー。 最近置かれたもののようですね? (由来を知りたいなあー)
この後は 一号線をたらたら下りてー

三枚橋からバスに乗って小田原に帰りましたとさ。



(↑三枚端の欄干の向こう_山際に見えるのが箱根登山鉄道の「箱根湯本駅」です。)
おしまい。
<おまけ>
三枚橋のバス停前に 面白い紫陽花が咲いてました。

(↓「矢立杉跡(ヤタテノスギアト)」の石碑 / ここにあった杉の木に 昔の武将が勝利を祈願して矢を立てた~ のだそう。)

どうです? 私はまた 白い紫陽花に 赤のカラースプレーを しゅ~ っとしたのかな なんて思ってしまいましたよー。

帰って調べてみたのだけど 「白寿紅」っていう品種 に似てるかなー?
今回は箱根のあちこちで 色んな紫陽花を見 堪能させてもらいましたが 最後のさいごに 楽しく「びっくり」いたしましたよ^^)