
(↑この笹の垣の向こうが離宮_というか すでに離宮の散策は始まっている、という感じ。)
↓土手から西へ下る途中に ちょっと珍しい物がありました。

「徳大寺樋門の遺構」ですって。

↓説明板がありましたが よっ読み辛い・・・。

詳しくは読みきれませんでしたが この樋門は桂川から桂離宮へ水を取り入れるのに使われた物のよう。
↓下の煉瓦部分は新しいもの、かな?/ がともかく上の石の彫られているようにこの樋門は明治41年に作られています。

(徳大寺は この場所のかつての村名。明治22年に他四村と合併して「桂村」となっており 樋門ができた明治41年にはすでに桂村だったはずですが 徳大寺は字名として使われた~ のかしら?)
しばらく道なりに歩きます。

(↑左が離宮の敷地。右はビジター用の駐車場です。)
↓案内表示が現れた。 矢印の方向へ進みましょう。

↓正面の白いテントは当日受付、でした。(人数に余裕がある場合は 当日でも見学できる っぽいですね?)

予約完了の書類がある人は直接このゲイトへ。

奥で受付を済ませるとリーフレットとナンバーの入った首掛け式のパスを渡されます。

時間まで、見学者は建屋内の休憩室で 桂離宮の歴史や見所を紹介するビデオを観て過ごす~ だったのでしょうが 私達の班は 「皆様お揃いなので 少し早いのですが 見学を始めたいと思います~」とガイドさんが言うので 10分前に 見学に出発する事にー。
桂離宮の歴史+見所はこちらで↓(見学は庭のみ、でしたが ビデオには室内の様子も紹介されているので必見~)
https://sankan.kunaicho.go.jp/guide/katsura.html
(ともかく そういう訳で、江戸初期に完成された離宮は 今日までその姿をほぼ完全な形で保ち伝えている、んですねー?)

さて、この日はちょうど歩道の敷石の葺き替え工事をしていました。/ 「ご迷惑をおかけします」という立て看が置かれていましたが ちっとも!逆に珍しい「霰こぼし」という 小石を一つ一つ道に打ち込む作業工程が見られてラッキー、でしたよ?

敷地内に入ってまず思ったのは 「メイズの様・・・」。/前方に萱葺屋根の建屋_(後で知らわせますがメインの茶亭「松琴亭」) が見えますが どちらへ進めばいいのか皆目わからないー・・・。


(↑正面は「住吉の松」。景色をあえて 一度には見せない 衝立(ツイタテ)の役割をしています。)
ガイドさんに先導され 左手の橋を渡る。

橋の上に立つと いきなり視界が開け さっきの建屋は池の向こう~ とわかる。


(↑チラ見、というのが憎いー)
御幸道 の方へ向かっています。

これは「御幸門」。簡素な造りですが 離宮の正門 です。

↓奥の入り口が 遠くに見えます。がこれは遠近法によるもの。

(このルートは 現在も賓客にのみお使い頂いているもの、だそう)
↓振り返ってみた御幸門。

↓離宮内の建屋には 手を触れない という約束があるのですが、この門の皮つき丸太の柱だけは例外で 「手で触ってアベマキのコルクのような質感を感じて下さい。」と言われました。

↓そうそう、この小路の 敷き詰められた小石 が「霰こぼし」、です。

↓これがその修繕風景。(一個一個 平たい面を上にして叩いてならしていく~ んですねー。大変な作業。)

右手に築山。(ここに限らずですが 敷地内にはあちこちに「高低差」が作られ 景観を豊かにしたり あるいは 目隠しになっていたり するのでしたー。)


メインの歩道から離れ 左に現れた飛び石を渡って行くと_

蘇鉄山に出ました。(蘇鉄は寒さに弱いので藁の覆いがかけられており そうと聞かねば蘇鉄とは思わなかったかも。/ 因みにこの蘇鉄は島津家から献上された物とか。)

蘇鉄山の向かいには「外腰掛」が設けられていました。/ これは この先の茶室「松琴亭」の待ち合いとして建てられた物だそうで、

そばには枡形の蹲(ツクバイ)も置かれていました。


改めての 外腰掛_。萱葺寄棟作りになっています。(腰掛の長さは二間分。待ち合いとしては大きなもの、ですよね?)

外腰掛の前の「延段(ノベダン)」。石の組み合わせ方がモダン。

暫く延段を進むと_
又飛び石が始まり(?)ました。

飛び石を越え 石橋を渡っていくと

砂州を模した州浜が出現。

砂州の先の建屋が (待ち合いに集った客にとっての目的地)「松琴亭」です。

茶室へ行くまでの道も なんだか楽しい。

歩くごとに変わっていく眺めー。

(日が映る という事は 夜は月も映るのだー)

(勝手に向かいの建屋に灯りが点る夜景なども想像ー)

!とここで、 ガイドさんから撮影についての注意事項が言い渡されました。/園内ではビデオ・カメラでの撮影OKですが この先の石橋の上だけは 禁止、ですって。

園内唯一の撮影禁止ポイントが「橋の上」とはー。(理由はこれまで何人もがここから落ちたからー・・・)

むーん 笑うとこなのか 嘆くとこなのかー。

えー ともあれ、全員無事に橋を渡り終え、松琴亭に着きました、よ。

ここが躙り口、ですね?

思いのほかに簡素な茶室です。

北へ回ってみましょう。

お お お

あ ら ら

何というモダンさ!(見学者も口々に「オリンピックのロゴみたい」と・・・)

建屋の北に 外付けの炉と竈。ここで客人のための煮炊きが行われた~らしい。

竹が敷かれた部分は水屋ですね?

更に室内にもー・・・

↓こんな場所に炉が。

いや そんな所で火を焚いたら上の天袋にしまってあるお軸等がいたむのでは? と思いきや、

↑なんとあの天袋には 料理が置かれた、といいます。つまり「保温ケース」なんですねー! 驚きました。
松琴亭の前の庭。 あ、水際へ向かうパスが見えますね、もしかして舟もつけられるようになっていた?

移動します。

今度はあの橋を渡る、みたい。


ガイドさんが「では ここから皆さんには登山をして頂きます。」と言う。

山~ という程ではないけれど 庭の中を歩いている という感じでもないなあー。

(この 目指す建屋がなかなか見えない、 というのが 桂離宮のすごいところ)


燈籠があった。

側面には小さな逆三角が二つ。この燈籠の灯は 対岸からは蛍の様に見えたと言います。

やっと着いた四阿。

賞花亭、というそう。(額の文字では花ではなく「茶」に見えますが)

↑中には竈と炉が設けられています。/ コの字の畳は 腰掛にもなったかな?

壁はほとんどなく 野の風情を楽しみつつお茶が頂ける作り。

丘を下ると ガイドさんが「ナイスビューポイント」と教えてくれた土橋前に出ました。

橋の手前 三つ目の石からの眺めが いい って事になってるそうな。

(もうちょっとズームで撮るべきだったかな? そしたら池の向こうに もう一つ池があるような 奥行ある絵が撮れたかもー)

(↑二つの橋で結ばれた中島は 庭に奥行を与えるとともに 建屋を巧妙に隠す仕事もしています。これによって コーナー毎の独立性がUPしている訳 ですねー?)
続いて 園林堂(オンリンドウ)に向かいます。

あら・・・_字数制限にひっかかりアップロードできなかったので 一旦ここで締めます。/ つづく