石山寺へ。

(私は以前一人で来ているのですが、亭主は今回が初めてのお参りになります)
(今回貼りますのは全て亭主が撮った写真でございます)
東大門を潜りますー






チケットを求めます。



まずはー

くぐり岩をくぐってみることに・・・。

(一人で来た時は パス しましたが)))

(今回はやってみた^^;)

トンネルは思ったより狭く しゃがんだまま通りぬけねばなりませんでしたがー

ふー 何か不思議な達成感が得られましたよ^^
手水舎。

龍を裏側から見る・・・/ ちょっと新鮮な角度?

改めて_ 手水舎。

手水舎の前には「比良明神影向石(ヒラミョウジン ヨウゴウセキ)」。

(↑この竹簾の下に神様がお座りになった石があるのでしょう。(とてもはぐって確認などできません))
__かの高僧:良弁が聖武天皇から奈良の大仏のための黄金の調達を命じられ(中略)観音霊場を探していた時の事、ここで石に座って釣りをする近江の地主神:比良明神に会いました。 地主神から 石山が観音の霊地である事を教えられた良弁は 石山の岩の上に聖徳太子の念持仏の如意輪観音像を置いて祈ります。 するとほどなく(本当は数年後)渡来系豪族:百済王敬福(クダラノコニキシ・キョウフク)によって陸奥の国で日本で初めての金鉱が発見されたのでした! めでたしめでたし。// _と、これが石山寺の始まりの物語。

(↑奈良時代にはここで釣ができたんだ~)
では石段を上って観音堂へ。(前回来た時はうっかり順路をあべこべに回ってしまいましたが、 今回はちゃんと本堂からお参りしましたよ)

右手に杉の大木。

_ご神木、でした。

石段を上りきったところ_
右手にお堂、

正面 硅灰石の上に多宝塔。

石山寺の名の由来ともなっている このうねるような硅灰石は、国の「天然記念物」にも指定されています。
左手には蓮如堂。/ 元々は「三十八所権現の拝殿」として建てられたものですが、明治以降「蓮如堂」となったとの事。(神仏分離令のせい?)

中には鹿の子絞りの着物を着た 6歳の布袋丸(後の蓮如)が描かれた絵(御影)が飾られていました。

蓮如堂の奥に_国宝 観音堂。慶長年間に淀殿の寄進によって修復された物で 石山寺の本堂でもあります。


(蓮如堂、観音堂、ともに懸造(カケヅクリ))

(↑手前が蓮如堂)

観音堂へ入ってみます。(堂内 撮影禁止)


御本尊の如意輪観音様は「勅封秘仏」との事。(「御開帳」は33年に一度、ですが、「天皇の即位の翌年にも御開帳」があると言います。つまり来年は拝見できる、って事みたい)
お堂の東面の入り口脇に裏菊の紋が染め抜かれた幕が張られていました。

↓源氏の間と呼ばれる 高位の参詣者のための部屋で、紫式部が源氏物語の構想を練ったのもここと言われています。

↓石山寺縁起絵巻に見える「源氏の間」。

↓同じく「本堂東面と硅灰石」

↑これが「慶長の修復」以前の「源氏の間」なんですね?
観音堂の東に「三十八所権現」の神殿部。

三十八所権現社前から観音堂を振り返ったところ~。

同じ場所から 観音堂の東を見たところ~。

(↑岩の向こう 左は御影堂、右は毘沙門堂)
一段上がった場所に 校倉造(アゼクラヅクリ)の経蔵がありました。

経蔵の床の下には 安産の腰掛石。(陰石かも)

近くに紫式部の供養塔がありました。(←左)
その右には芭蕉の句碑。

(句碑には「あけぼのは まだむらさきに ほととぎす」という 源氏の間を詠んだ歌が刻まれていた・・・ らしいのですが 字はすでにかすれ、、、 横の札でそうと知りました)))
その東には鐘楼。

更に上へ。

多宝塔。国宝です。(1194年に建てられた物)


中には重文の大日如来坐像が安置されていました。

近くにあった供養塔。

↑左:亀谷禅尼 右:源頼朝。(亀谷禅尼は頼朝の娘の乳母で 御家人・中原親能(誰?)の妻、だそう)
これは 「めかくし石」と呼ばれる宝塔。(「目隠ししてこの石を完全に抱けば諸願成就と云う」そうです)

瀬田川を見下ろす場所に 観月台「月見亭」がありました。

(↑正面の建屋は 茶室「芭蕉庵」)
後白河天皇の行幸時に作られて以降 修繕を重ねながら使われてきた と言います。



近江八景の一つにも数えられている「石山の秋月」はここから見るもの、かな。
↓月見亭前からは 眼下に瀬田川が見えました。

その少し上に「心経堂」

梅園にも行ってみましたが・・・

梅はまだ咲いていませんでした。
でも蝋梅は丁度見頃でしたよ~。

その後は_
光堂、

無憂園というお庭などを見ながら坂を下り・・・

天智天皇の時代の石切り場跡を見~


(余談ながら、 石山付近には、石だけでなく 木材の集積地もあったといいます。)
本堂前の天狗杉を見上げ~



閼伽井屋(←仏様に差し上げる水を汲む井戸)を覗きー



(↑井戸前の池)
再び観音堂前へ~。

なぜなら 一度ここまで上がってー

毘沙門堂(手前)と御影堂(奥)の間の道を東へ抜けなければ・・・

大黒堂へ出る「かえり道」が通れないから~。

つづら折りの坂(「下向坂」と言うらしい)を下ります。

下りきった所に「大湯屋」という建屋がありました。

(そういえば お風呂って 日本へは 仏教と一緒に伝わったんですってねー?)
その向こうに_

大黒天を祀る「大黒堂」が。

安置されている御像は「弘法大師御作」と伝わる「拳印大黒天」(「右手親指を内にして握る」)~ ですって)

(↑って ちょっとこの文面わかりにくいですね、950年前に湖水に出現した大黒天の像が 1200年前に弘法大師が御作りになった物だった、んですかね?)
ありがとうございました。 退出いたします。

__ 広い境内、沢山のお堂、
古い歴史、豊かな伝承、美しい眺め、
石山寺、 素晴らしいお寺です。

(↑瀬田川沿いを 石山寺駅の方へ歩いております)
(↓石山寺から京阪の電車に乗るところ)

「今回も ええ旅やったな~」と 亭主も満足そうに言っておりましたです。/ めでたし めでたし。