近江八幡の日牟礼八幡宮 | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

近江八幡の近江八幡たるゆえんの八幡神社は
正式な社名を「日牟礼八幡宮(ヒムレハチマングウ)」というそうです。
御祭神は誉田別尊(応神天皇)、その母:息長足姫尊(神功皇后)、比賣神の「三座一体」とか。

(↑観光案内所「白雲館」の向かいの鳥居 / 細く短い注連縄がおもしろい)
参道を北_八幡山の方へ行くと右手に楼門が見えてきます。

重厚にして華やかな門です。

(↑左右に座る随神さんは重文とか)
幕には「三つ巴」「菊」「葵」の紋が入っています。(三つ巴は八幡の神紋。菊はご祭神が宮家のお生まれだから。とわかりますが、 葵の紋は? / 家康が五十万石の地を献上した事から、でしょうか?) 注連縄は太くて短めのもの。

注連縄の上の木彫は・・・獏ですかね?(鼻が長いので象にも見えますが)


境内に入りました。正面には拝殿。

↓左手に手水舎。(横に井戸つき/昔は組み上げて手水鉢に水を張ったのかしら?)

↓右手には能舞台。


↓舞台の橋架かりにつながる楽屋(?)入り口の額の文字・・・ 読めない^^;(すみません)



近づいてみてわかったのですが・・・
拝殿が二つあります。(手前の低い位置にあるのは外拝殿(ゲハイデン)かな?)

石段を上がった先の本殿に又拝殿(内拝殿?)。神殿部と一体になっています。

もしかしたら このお宮の成り立ちと関係が??? (_ 元々こちらの神社は 八幡山の上に本殿、麓にその遥拝殿があったそうです。1585年に近江八幡を与えられた秀次は、八幡山の上に城を築こうとし 本殿を麓の遥拝殿に合祀します。しかる後に改めて山の上へ~ というつもりだったようですが、1595年 彼は秀吉から嫌疑をかけられ(?未だ定説は無い状態ですが)切腹させられてしまい、 城は廃城、 神社造営もそれっきりに・・・、だそうです。/ 二つの拝殿について何かわかったら打ちたします)

↓内拝殿。華やかですね。

↓本殿前から見た外拝殿。(壁がないので舞台のように見えます)

↓本殿と南隣の御祈祷所を結ぶ反渡殿(ソリワタドノ)。その奥には「鏡池」という岩に穿たれた井戸の様な池がありました。


退出し、参道を南へ歩きました。(手前の橋は白雲橋、鳥居の向こうに見えているのは白雲館)


白雲橋から東を見たところ_。黄菖蒲の咲く水辺_綺麗ですー。

西を見たところ_。この木は桜だね。花の頃はきっと素敵なんだろうなー。


この後は時間の関係で 大急ぎで帰ったのだけど_
もっと歩きたかった。舟乗ってみたかった。ロープウェー乗ってみたかった。クラブハリエでお茶したかった。ヴォーリズ建築もっと見たかった。/ 又来ます、近江八幡!