来しな見上げた 源聖寺坂(ゲンショウジザカ)を下りました。
坂の手前、左は銀山寺


右は齢延寺です。

*ちょっと横道にそれますが*
昔(といっても昭和の末)この坂の石段を登り切ったあたりに「源九朗稲荷」というお稲荷さんがあって 境内に こんにゃく好きの狸を祀る「こんにやく八兵衛」という祠があった、んですってー。(稲荷に狸?)/ 源九郎稲荷は生玉神社に移され その祠には八兵衛 という神様も合祀されています。が! この八兵衛は狸ではなく かつて道頓堀にあった中座という劇場に祀られていた 芸能の神 なんだとか・・・。ああ ややこしいー けど おもしろいですね。

坂を下りきり、松屋町筋を渡ったところ、です。

そろそろお昼。
近くの「天下一品」でラーメンを食べましてー・・・

散策 再開。
愛染坂の脇の 大江神社の石段を上りました。

大江神社境内。

大江神社は元々豊受大神(トヨウケノオオカミ=お稲荷さん)を祀る神社でしたが 時代が下ると神仏混淆で毘沙門天を祀るようになったそうです。が明治に入ると廃仏毀釈で (中略)今は 豊受大神と素戔嗚尊 大己貴命 少彦名命 欽明天皇をお祀りしているそうです。
↓ん? 授与所に・・・猫???

↓やーん 目をそらされてしまった^^;)

(三毛ちゃんでした)
上ってきた石段の脇には

「夕陽岡」と刻まれた石がありました。

夕陽丘(ユウヒガオカ)は このあたりの地名ですが、実際 この境内からの夕日は素晴らし・・・かったらしい。(昔は海に沈む夕日が鑑賞できるスポットだったですよ?/想像するの 難しいけど^^;)

(↑境内の西の端の建屋_ 残念ながら立ち入りはできませんでした。)
↓境内末社の日吉稲荷。

↓ん・・・ 猫だ。(にらまれて 近寄れなかった^^;)

お稲荷さんの隣には 狛猫??? ではなく これは「狛虎」_。(虎は毘沙門さんを守る動物だそうです/大江神社はかつて毘沙門を祀っていたので狛虎があったのですね?社が神仏分離で他へ移された後も虎達はここを守っている、んだ・・・。 もっとも今あるのは近年奉納された二代目だということですが。)

狛虎は阪神ファンから頼りにされているらしく、、、

近くには虎の応援グッズなどがおかれていました。
↓大江神社を退出します_。(通り抜けて 東の鳥居越しに境内を見たところ・・・)

大江神社の南側の坂が「愛染坂」です。

愛染坂 の名は
大江神社の東隣の 「愛染かつら」で有名な愛染堂に由来するそうです。

門を潜ると・・・重文のプレートが立てられていました!(多宝塔が国の重文、金堂は府の指定文化財ですって)

え、何なに 「お車でお参りの方は本堂の裏へまわってご駐車下さい」?(という事は車でこの門を潜って境内を走っていい ってこと???)

とまれ_ こちらが 府の指定文化財 金堂(=本堂)。前身は四天王寺の施薬院だったそうです。

金堂の裏には国の重文である多宝塔が。

境内地を囲むように お不動さんやお地蔵さん観音さんが並んでいます。


(↑延命地蔵さんは人気なのでしょう 参拝者用に屋根付きの拝殿がしつらえられていました)
↓あら、このお水は「愛染めの霊水」ですって。(照^^;)

そしてそして! これが「愛染かつら」! (お参りの方が長く頭を下げていたので なかなか写真が撮れませんでしたよ)

ドラマや映画になった『愛染かつら』の作者 川口松太郎さんはこの近くに住んでいたそうです。/東京の人は 「愛染かつらは台東区の自性院の愛染堂の桂の木だろう」と思っていますが、 大阪の人は 「こっちが本物や」と思っているみたい・・・。調べてみると川口さんは東京の方ですが 震災後大阪に移っています。愛染かつらが書かれた頃は 大阪に暮らしていた、んですね? // って・・・調べてたら 又別の説「愛染かつらのモデルは上田市別所温泉 北向観音の桂の木」というのも見つけてしまったー どうしよう???