土佐稲荷神社(三菱発祥の地) | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
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肥後橋周辺を散策した後 行ってみたのは「土佐稲荷神社」。
肥後橋が土佐堀川に架かる橋だから きっと 土佐稲荷 というのもすぐ近く_かと思ったら!地下鉄:西長堀駅から徒歩5分という場所です。(遠い!)

(調べてみましたー /// 土佐堀川がなぜ「土佐~」という名か、というと 豊臣時代あの辺りに土佐の商人の集まる「土佐座」があったから、だそうです。/ 土佐稲荷の「土佐~」は江戸時代 土佐藩の藩邸と蔵屋敷がこの長堀にあったから、ですってー。因みに江戸時代 大方の藩は蔵屋敷を中之島にもってました。 土佐藩は「少数派」だったんですね?)

はぁやっと着いた_ こちらが土佐稲荷神社、です。
$とよなかぐらし はじめました-土佐稲荷
ここは「三菱発祥の地」と言われてるんですって。
$とよなかぐらし はじめました-土佐稲荷
お稲荷さんと三菱に どんな関係が???
$とよなかぐらし はじめました-土佐稲荷
朱塗りの柱や梁に金の飾り金具_華やかな社ですね。
$とよなかぐらし はじめました-土佐稲荷
神社額の周りは紅白の縞が並んでめでたげ。
$とよなかぐらし はじめました-土佐稲荷
注連縄(シメナワ)の架かる梁の上の蟇股(カエルマタ)には五色の雲に囲まれた稲荷社の神紋_その中には三菱マーク。
$とよなかぐらし はじめました-土佐稲荷
唐破風の上にも 神紋+三菱マーク・・・
$とよなかぐらし はじめました-土佐稲荷
$とよなかぐらし はじめました-土佐稲荷
↓灯篭にも 三菱マークの見える物がありましたよ。
$とよなかぐらし はじめました-灯篭(三菱印)
$とよなかぐらし はじめました-三菱印
$とよなかぐらし はじめました-灯篭(三菱印)
$とよなかぐらし はじめました-三菱印(旧)
↑いや、これは三菱マークに似てるけど違いますね。三柏、だ。/土佐藩藩主 山内家の家紋です。

なんでも_
 この神社は土佐藩蔵屋敷のあった当地に古くからあり、蔵屋敷の鎮守として藩主からも崇敬されてきた。明治3年、九十九商会を興した岩崎弥太郎は藩の借金を肩代わりし、その見返りに藩から蔵・藩邸ごとこの地を得、自らもここに住んだ。神社は岩崎家からも大切にされた。明治6年に弥太郎は社名を三菱とし 土地の大半を大阪市に譲渡して東京に移ったが、神社だけはその後も長く三菱が管理してきた_ のだとか。(へー / 三柏の紋が入った物は土佐のお殿様から寄進された物、という事ですね?)
$とよなかぐらし はじめました-土佐稲荷の狛犬(阿阿)
↑拝殿前の狛犬は、 弥太郎の弟で二代目の社長:弥之助が寄進したもの。弥太郎が建てた社殿は先の大戦で焼失しましたが、狛犬は無事だったそうです。/ 元はこの対になる狛犬も「阿型(口をあけた狛犬)」だったそうですが、盗難に逢い_今は「吽型(口を閉じた狛犬)」が据えられています・・・//(神社のパンフレットには その失われた「阿型」の写真が載せられていました)

社殿を回ってみます。
↓平入の拝殿の奥_神殿も平入です。/ 元の社殿も同じ造りだったのでしょうか? (神殿の屋根の千木は「女千木」。お稲荷さんは女神様ですものね?)
$とよなかぐらし はじめました-土佐稲荷
↓神殿の裏には「奥の院」がありました。この祠は 神社の北側を流れていた長堀川を行く船から拝めるように 北を向いているのですって。
$とよなかぐらし はじめました-土佐稲荷

社殿近くにソテツの植えられたコーナーがありました。
ソテツは江戸時代 大名屋敷に好んで植えられたと聞きます。その趣を伝えるものかな?
$とよなかぐらし はじめました-岩崎家址
↓こんな石碑もあった。「岩崎家舊(=旧)邸址」
$とよなかぐらし はじめました-岩崎家址
そうか、岩崎弥太郎が住んだのはこの神社のすぐ横だったんだ_ と思ったら違いました。この石碑は神社の東隣_今はアパートが建つ場所にかつてあった市立の女学校に置かれていたそうです。(つまり、弥太郎が大阪市に譲渡した土地に屋敷があった、ということなのでしょうね?)

神社境内にはいくつも末社がありました_
(↓若宮社)
$とよなかぐらし はじめました-土佐稲荷の末社
(↓磐居社)
$とよなかぐらし はじめました-磐井大神
(↓石宮社)
$とよなかぐらし はじめました-石宮大神
(↓玉根社)
$とよなかぐらし はじめました-土佐稲荷の末社

が配置に統一性がないので・・・(失礼)、元々からある社ではなく あちこちからお移り頂いた神様かもしれませんね。

狛犬・駒狐も(あちこち そこここ)沢山いました。色んな年代 タイプの物があって面白かったけれど、特にユニークなのが この狛犬↓ (岩宮社の前にいました)
$とよなかぐらし はじめました-ドラえもん似の狛犬
縞々があって パ っと見トラみたいで、胸にはドラえもんの「四次元ポケット」のような物がついています。(何が入っているのかなー???)/ 残念ながら片割れの「吽型」は失われたのか 彼 一人が社前に座っていましたが ・・・ できるだけ長く彼が 仕えた神様のそばにいられますように、と思いました。

亭主が授与所で頂いた 土佐稲荷のお守り。お守りにも三菱マーク入りの稲荷神紋がついています。
$とよなかぐらし はじめました-土佐稲荷のお守り
明治26年に、弥太郎の弟 弥之助がこう書いています_
「浪華の別邸の内に稲荷社ありて相伝う。神徳威霊祈祷すれば必ず験(シルシ)有り、其名府下に轟く 云々」(←青銅の狛犬を寄進するにあたっての銘文) 
力ある神様のようですね。(ただし「祈祷すれば」ですから、お守りを持っているだけではいけないのでしょう)

時に 弥之助さんの文は更にこう続きます。
「萱堂(自分の母)常に之を崇奉す。(中略)この頃、萱堂 物を献ぜんと欲す。因って予が所蔵する銅製古狛二つを𠙋(=以の異体字)って其の志を慰む。」
_ああ 優しい人だなあ、弥之助さん^^)です。(しかし そうするとこの狛犬_この項の中程に画像を貼っている青銅製の物_は 奉納された当時 すでに古い物 だったんだ・・・。元々はどちらの神様を守っていた狛犬かな?)
弥之助さんは お母さんがあつく信仰するこのお稲荷さんの社も建て替えていますが 「兄弥太郎君が果たそうとして果たせぬまま亡くなったから私が・・・」と言っています。(いえ、これも銘文中にある言葉) 弥之助さん___誠実で思慮深い人だったようですね? (+ Wikiでは 土佐稲荷神社の社殿を造り替えたのは弥太郎 になってるけど 弥之助さんだったみたいね?)


幕末から明治にかけての歴史、 三菱のルーツ __
稲荷社に詣でて この日は 沢山の事を学びましたー。