日本には「どちらがより道義的か」を競うべき隣国がないのである。
 地理上の隣国はある。だが、どの国に対しても、日本人は「われわれの方が諸君たちより道義的である」と証明する義務を免ぜられている。免ぜられているどころか、そもそも道義性について発言する権利を許されていない。81年前までは日本は隣国を侵略し、収奪してきたのである。逆立ちしても、被害者たちと道義性の高さを競う資格がない。
 日本にできるのは、その事実をまっすぐに受け止めて押し黙るか、過去のことは忘れて、国内に向けて「日本は昔からずっと道義的な国だった」という嘘を語るかどちらかしかない。
 むろんそんな「偽史」映画やドラマは国内には喜ぶ人がいても、海外での集客は期し難い。当然製作資金を出すところがない。歴史ドラマが作られないない理由がそれで腑に落ちた。

====(以上、引用終わり)====

 

内田樹がまーた屁理屈を捏ねくりまわして「日本下げ特ア上げ」の反日言論

 

日々の生活に追われる庶民がいちいち意識することはあるまいが、120年前は「世界≒西欧とその植民地、残りは田舎成金の米国と極東の小国日本」で植民地と人種差別が当たり前であった

 

そして、現代ではそうではない

(植民地と人種差別がなくなったことについて、特亜が何の役に立ったのだ?)

 

明治維新で有色人種の国でも西欧文明を取り入れて近代化できることを世界に示した

日露戦争で有色人種の国でも白人国家の大国に近代的大戦争で勝利できることを示した

大東亜戦争で一時的にであっても植民地を解放し、短期間の教育・軍制整備であっても、それが後の独立に繋がった

その結果、第二次世界大戦後には次々と植民地が独立し、1960年代には(アフリカの植民地ですら独立できるのに米国市民である黒人が学校も食堂もトイレも白人とは別なのはおかしくないか?)と公民権運動が起きた

東アジア・東南アジアの発展は日本のODAなしに可能だったのか?

日本軍が占領した範囲の植民地とそうでなかった植民地の発展度合いの差は、自立を促す日本と搾取利権構造を維持しようとする欧米諸国との援助の性質の違いではないのか?

 

これらは世界史を変え、人類文明の道義性を高めることに繋がった大偉業ではないのか?

 

内田樹は「韓国は自国の歴史の暗部を描いている」と主張するのだが、(それはただの半島内輪話だろ?)なのである

 

・李承晩ラインを勝手に引いて日本漁民を拿捕・監禁し、日韓基本条約の交渉過程で人質として利用した

 同条約交渉時に在日韓国人の重犯罪者を送還させずに日本に住み続けさせるように条件を入れた

・ベトナム戦争で韓国軍を派遣し、戦争そっちのけで村を焼き払い、略奪し、犯して殺すことを繰り返した

・台湾が国連を脱退(代表権を喪失)する際、台湾の(国交関係は維持したい)という思いに付けこみ、ゴミのような韓国車を売りつけた後に国交断絶

 

韓国がそういう歴史の暗部を描いているのならわかるが、そこには韓国はダンマリ

 

内田樹は『日本には「どちらがより道義的か」を競うべき隣国がない』と主張するのだが、ゆかぴょんに言わせれば(道義性の高さは『日本>>(越えられない壁)>>特ア』は自明なので証明の必要なし)なのだ

 

約束を守らず、平気で嘘を吐き、火事場泥棒は当然、他人を騙して儲けたら「どうだ、オレって賢いだろう」と自慢する

そういう文明・文化の特アの国・民族と日本を比較する方がどうかしているのだ

 

コミックマーケットの標語に「閉じ込めて 燃やしてしまえば 日本も少しは良い国に」というものが在るのだが、それをもじって(かかる老害 死に絶えぬれば 日本も少しは良い国に)と思うゆかぴょんなのであった、ちゃんちゃん

 

【追記】

ロクに更新もしない本ブログに何故か毎日訪問者がいるのですが、良ければ何らかコメントを書き込んでください

更新頻度が上がるかもしれませんw