今日は早起きして築地へ。

 

海鮮丼食べてきました。

 

写真を撮らないあたりがねくらw

 

映えなくてもいいのがねくらw

 

映えってw

 

おまかせ丼っていいよね。

 

ボタン海老ぷりぷりだし。

 

ウニとろとろだし。

 

中とろまったりだし。

 

いくらぷちぷちだし。

 

アナゴふわふわだし。

 

いいとこどりだもん。

 

私の人生も、

いいとこどりにしてやるんだからッッ!

 

それにしても、

おいしいものを頂いている時って、

しあわせな気持ちしかないよね。

 

いつもこんなしあわせな気持ちでいられたら、

私の人生も好転するだろうね。

 

毎日、

海鮮丼食べるしかないねw

 

(・ω・)b

 

ふふふ。

 

ねくらちゃは今日もねくら。

(*´ω`*)ノ

 

アダルトチルドレンって、

本当に生きづらいな…

 

両親の不仲が、

大人になってからも自分を苦しめるなんて、

あの頃の私は思いもしないだろうな。

 

大人になれば、

私は自由になれると思っていたのにね。

 

しあわせになりたいと思う一方で、

私はしあわせになれないと思ってしまう。

 

本当にどうしたものか…

 

でもあきらめたくない。

 

しあわせになる!

 

どんなに不安が頭をもたげようとも、

何度ゼロからの出発を繰り返そうとも、

しあわせになりたい気持ちは忘れたくない。

 

両親のせいでしあわせになれないなんて、

そんなのやっぱりおかしいじゃん。

 

あきらめないよ。

 

ねくらちゃんは今日もねくら。

眠りに就く前の、

本当は穏やかであろう時間。

 

これが私には魔の時間になる。

 

思い出したくない記憶がフラッシュバックするから。

 

目を閉じて無になろうとしても、

嫌な記憶は私を冷たく暗い淵へと手招きする。

 

引き戻してくれる人はいないし、

自分をサルベージしてあげられるほどの素敵な記憶など、

あいにく持ち合わせてはいない。

 

だから私は、

深淵でいつもひとりぽっちだ。

 

いつだって、

胸をぎゅっと掴まれたように痛い。

 

勝手に涙が溢れてくる。

 

穏やかに暮らせる日はくるのか。

 

強い人間になれる日はくるのか。

 

苦しい。

 

しあわせになるのって、

とても難しいことなんだな。

 

これでもかと言うほど苦しんだって、

まだ苦しめ。

 

もっと苦しめ。

 

お前がしあわせになる一切の権利を剥奪する。

 

そう言われているみたいだよ。

 

しあわせとは縁遠い人間が、

それを望んではいけないのかもしれないな。

 

かすかな光すら見つからない日は、

どうしたらいいですか…

 

しあわせになりたい。

 

ねくらちゃんは今日もねくら。

心にずっと引っかかっていることは、

どんな時も消えてはくれない。

 

楽しい時だって、

ふと心に影を落とすんだ。

 

いっそ、

全部忘れてしまえたらどんなに良いか。

 

そう何度思ったか分からない。

 

記憶はどんどん薄れてゆくものだけど、

私の場合、

最悪だった出来事はどうしても消えてくれない。

 

時を経て薄れゆくのではなく、

逆に、より鮮明になりそれに押しつぶされそうになる。

 

なんであの家に生まれてしまったんだろう。

 

神様はいじわるだな。

 

私はもっと笑いたかった。

 

もっとしあわせになりたかった。

 

もっと人と関わりを持ちたかった。

 

今の私は、そのすべて逆。

 

対極に位置している。

 

ぼっち。

 

ねくら。

 

だめ人間。

 

どんな三重苦だよww

 

こうやってブログを書くことは、

自分の思っていることをさらけ出すこと。

 

少しでも心が軽くなればいい。

 

それが自分で自分を救うことになるならば。

 

この歳になると、

もうおおよそ見当はついている。

 

私を救ってくれるヒーローなんていないってことを。

 

白馬の王子様なんてもっといないし(;´Д`)

 

落馬の王子様かよッッってw

 

それでもいいから早く迎えに来なさいってw

 

まあ人に頼るよりも先に、

まず自分でどうにかするしかない。

 

こればかりは。

 

さすがにこんな重い話をされて、

引かない人はいないだろうからね。

 

ドン引きだろうからねw

 

だから、

前進するための小さな一歩だと思って始めたブログにしか、

自分の胸の内は綴れないわけだけど…

 

その小さな一歩だって、

なかなか目に見えるような大きな一歩には繋がってくれない。

 

そんなに甘くはない。

 

だけど…

 

私は希望を捨てずに待つよ。

 

自分自身をあきらめ切れないのなら、

まだ頑張れる。

 

待て、しかして希望せよ。

 

しあわせになろう、ねくらちゃん!

 

今までの分を取り戻すくらいに!

 

ねくらちゃんは今日もねくら。

(*´ω`*)ノ

 

何だかんだ言っても、

私は両親に愛されたかった。

 

それゆえに、

小さい頃からいつも自分の感情を抑圧していた。

 

いい子でいなくちゃって、いつも思ってた。

 

でも、

いい子でいたつもりが、

結局愛されなかったw

 

大人になってからも、

小さい頃からのクセは変わらず、

無意識のうちに、

両親に愛されるようにふるまっていたと思う。

 

だからね、

両親に愛されたいがためにしていたことを、

一度全部やめてみようと思う。

 

手放してみよう。

 

やりたいようにやってみよう。

 

悪態つくもよし。

 

無視するもよし。

 

少しくらい心配させたっていいじゃないか。

 

自分の感情に蓋をしないことにしてみようと思う。

 

私はいつも思っていた。

 

両親を困らせちゃいけない。

 

ちゃんといい子にしていなくちゃいけない。

 

いつもニコニコしていなくちゃいけない。

 

両親を喜ばせなくちゃいけない。

 

ああしなくちゃいけない…

 

こうしなくちゃいけない…

 

あれはやっちゃダメ…

 

これはきっと無理…

 

ああああああ。

 

自己を否定するのは、もうたくさん。

 

自分だけのせまい価値観の中で、

私はいつもがんじがらめじゃないか。

 

けれど私をがんじがらめにしているのは、

がんじがらめの中で生きて行くことを良しとしているのは、

ほかでもない。

 

私自身なのだ。

 

だから、

今までダメだと思っていたことに、

全部許可を出して行こう。

 

これもいいよ。

 

あれもいいよ。

 

ダメなことなんて何もないんだよ。

 

ってね。

 

そしたら、ほんの少しでも楽になれるだろうか。

 

半ば実験のつもりで。

 

自分のことが大嫌いで、

生きていなくてもいいのではないかとさえ思う時がある。

 

何のために生きているのか、

答えの出ないようなことで悩むのなんて日常茶飯事。

 

でも私は、

こんな状況にあってもなお、

自分をあきらめ切れない。

 

とっくにあきらめて失望しててもおかしくないのにねw

 

どんだけ悪あがきって自分でも思うよw

 

だけど、

一度でいい。

 

たった一度でいいから、

死ぬほどのしあわせって言うものを味わってみたい。

 

ただそれだけなんだ。

 

ねくらちゃんは今日もねくら。

(*´ω`*)ノ