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クロイタンスEMのブログ

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3年間暮らした土地を引き払い

東京に移った

マンションのスペースが半分近くになるから

家財道具等、処分が大変だった

それにしても

なんて沢山ゴミを抱えて暮らしていたんだろう

我ながらあきれる


段ボールの山に囲まれて一息ついた

きのうは「大江戸温泉物語」で手足を伸ばした

ところで

この中にある寿司屋が案外、美味しい

かつてよく通った北九州の寿司屋を連想させた

そこは安くて美味しかった

ネタもさることながら、シャリが良かった


同僚たちと何度か築地の寿司屋に行ったが

通うようなところはまだ見つからない

(高いところにはいきません)


はやく環境を整えたい

中断している仕事が待っている



明けましておめでとうございます

年末年始は横浜の実家で過ごし

関内、みなとみらいへ何度か出かけて

のんびりしました


やはり みなと界隈は落ち着く

暮れは関内付近のライブハウスへ

ボーカル、ピアノ、ヴァイオリンを聴いた

元旦、山下公園で大道芸に行き当った

火のついた松明、大きな手刀、リンゴを

背丈ほどの一輪車に乗ったまま お手玉状態

種類が違うから 相当難しそうだ

しまいには リンゴをかじる早業

すっかり 魅了された

中華街 いつ行っても楽しい

聘珍樓の甘栗が美味しい


僕にとって大きな変化のある新年

目標はいくら近づこうとしても先にある

何がどこまでできるのか楽しみだ



天安門広場と紫禁城(故宮)へ行った

建国記念日が近かったせいか

天安門広場に入るのに厳重なセキュリティーチェックを受けた

快晴 このとき 空気はきれいだった


さて問題のトイレ

案内してくれたスタッフが警官に聞いてくれた

すぐ近くの”新しいトイレ”に行った

でもそこは大きくて簡素なバラック風のつくり

中はだだっ広く男性用の便器はなく

長い流しに並ぶ

個室は”囲い”と言ったほうがよさそう

しゃがむと頭と足が見える感じ

連れも素通りして出てきた


結局 目の前に建つ巨大な博物館へ入ることにした

入場は無料 パスポートを掲示する

やはりトイレはよかった

ついでに見た中国貨幣の歴史が楽しかった


天安門広場は世界一広い広場だそうだ

観光客の数も並みではない

でもあのトイレはいただけない

基本的な施設が国の発展に追い付かないようだ


ところでLund (Sweden)へ行ったときのこと

トイレに行くと男子用便器の位置が高い

僕は背は高い方なのだが 背伸びした

この話をSwedenで働く友人L(Polish)に話したら

腹を抱えて笑った



数年前 ハルビンの国際空港

送りに来てくれた先方のスタッフが

トイレは大丈夫か 紙は持っているか

と気を遣ってくれた

この規模の国際空港でまさかと思ったが

トイレットペパーがなかった


さて 北京

先方の用意してくれたホテルは5つ星

部屋は快適だった

トイレもウォシュレットではなかったが快適だった


1階ロビーのトイレに行くと

レストランスタッフと見紛うばかりの身なりの人が

洗面所を丁寧に拭いたり トイレのケアーをしていた

うろうろといった感じで所在なさげだ

こちらも落ち着かない

こんなホテルで紙がない などということは思いも及ばなかった

でも なかった

彼に聞くと 洗面所横を指差した

そこに大きなロールがあった

必要なだけ取って使うらしい


かつて中国人の同僚が言ったことを思いだした

「だって トイレットペーパーがフリーで置いてあったら

みんな すぐに持っていっちゃうじゃない」

このホテルがそれに該当するとは思えないのだが


どうも腑に落ちなかった

トイレに半常駐のスタッフを1人おくより

トイレットペーパーを普通に備えたほうが

はるかによいサービスになるのでは?

ちょっと親しくなったアシスタントマネージャーに

言ってみればよかった

帰る間際になって見つけたレストラン内 奥のトイレ

これは小さかったがウォシュレットで快適だった



巨大なビルが目立つ北京

我が国で見慣れたサイズからは想像を絶する

国土の大きさ 人口の多さが反映しているのだろうか


かつてワルシャワ駅周辺を歩いた時

巨大な宮殿風建物を見た

ソビエトが友好のために建造したものだと

友人L(Polish)が言った

あたりに権威をまき散らすかのような”威風堂々さ”だ


北京を歩いていたとき

ふとワルシャワのあの建物が思い浮かんだ

種類は違うがどことなく違和感が

すると ふいに

趣の異なった古風な建物が目に留まった

フランスだったらシャトーとでもいうのだろうか

風格に満ちたその館はひときわ異彩を放っていた


案内してくれたJ曰く

第2次大戦後

新しい社会建設に燃えた新政府や人々が

過去の文化を否定して

それまでの街並みをことごとく破壊

画一的なビルを建築してきた

そんな動きにくぎを刺したのが周恩来

いま このような古い館が5,60残っている


紫禁城は保存されているが

もし、市街が破壊されていなければ

いま 素晴らしい古き中国の街並みを

壮大なスケールで見ることができただろう

間違いなく世界遺産として

そんなことを空想しながら歩いた


Jが言った

毛沢東の施策の70%は正しかったけど

30%は間違いだった

私のホストDも言っていた

「文化大革命が失敗だった」

今の中国の遅れた部分がこれに由来する 

と言っているように聞いた

一昔とは違う!

大きな変化をゆっくりと遂げているのを肌で感じた


さて 5年前と同じく

トイレとトイレットペーパーに悩まされた

天安門広場でも

これも記録(記憶)に留めておきたいが

回を改めよう