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クロイタンスEMのブログ

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”ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)”音楽祭

東京国際フォーラム。

横浜シンフォニエッタ(弦楽パート)による

弦楽アンサンブルを聴いた。


ベート-ヴェン:弦楽4重奏曲op.95「セリオーソ」(弦楽合奏版)

ヒンデミット:葬送音楽

シェーンベルグ:浄夜


若い溌剌としたアンサンブルの響き、

新鮮だった。

20数人が積極的に弾く”熱い”音楽に惹かれた。

大編成と違って一人ひとりの意味合いが違うのか、

これくらいの編成がなかなか面白くて好きだ。


”浄夜”、美しかった。

弦楽6部、編成が増えて音楽に一段と厚みが増した

ヴァイオリン、ヴィオラのソロが美しい。

とくにヴァイオリン高域の美音。

初めて聴いた”浄夜”、

ホールは独特の澄んだ響きに包まれた。


休日の午後、

”心静かな”時間を過ごした。


住み慣れた土地を離れた


使い慣れた空港から“最終フライト”

いつものように空の上で寛いでいると

客室乗務員の方がやってきた

“・・に異動なさるのですね”

そう言うと、メッセージ(JALの絵葉書)を手渡してくれた

空港カウンターのスタッフからだった

"これからあまりお出でにならないと思うと、とても残念です"

長い間お世話になったから

荷物を預けた際に挨拶をした

“次に来るときは出張で・・・”


この数年、頻繁に出張したから

大して話をしたわけではないが

空港カウンターのスタッフと何となく顔なじみになった

僕が松葉杖で登場したときは

華奢な女性が車椅子を押してくれた

そんなこともあって

結構覚えて頂いたようだ


客室乗務員の方も

小さなメッセージカードをくれた

キャンデーや黒糖の詰まった小さな袋と共に

“客室からも、・・・!”


新しい生活の始まりを祝ってくれたかのよう

心が軽く、楽しくなった

ありがとう


1年前、足首に入っていたチタンを取り除いた。

今日はその検診。

「完璧!

いい写真を見せて貰って良かった!」

先生のほうが喜んでくださった。

今日が最後の診療。

転勤される。

先週予約時に知った。

間に合ってよかった。


骨折した右足が青黒く晴れ上がって

飛び込んだ救急。

担当医が彼だったことは幸せだった。

絶大な信頼を寄せてきた。

残念?だが

整形外科でお世話になることは

もう避けたい。


そういう僕も4月から異動。

だから今、大変。

半年前には思いもよらなかった。

それにしても

何も知らないところで始まる新たな生活。

何だか楽しみだ。


「もう転ばないよう!」
お会いすることはもう無いかも知れない。

忘れられない出会いの1つだ。


胸の痛む毎日だ。

数年前に仙台に移った友人、

一家は無事との返信メールを頂いたのだが、

赤子を抱えて避難所暮らし。

その後の様子は分からない・・・。

芯の強い人だから、

と言い聞かせているのだが。


原発のニュースに釘付けだ。

長女は余震と原発の不安でよく眠れず、

目下、我が家に。


一昨日、

台湾料理バイキングで隣り合ったカップル。

どうも日本語でない。

人懐こいやわらかな雰囲気。

お互いになんとなく気になっていた。

「中国の方ですか?」

”奥さん”が話しかけてきた。

きれいな日本語だった。

同胞と思ったらしい。


そういえば

北京の天安門広場で

路店商が僕にロシア語の観光書を売りに来た。

友人L(Polish)と彼の家族とで入った地元の店、

英語でしゃべっていたのだが

僕が値段を聞くと、

「えっ、日本語、話せるんですか?」

Lは大笑いした。


「中国人に見えますか?」

そんな風に会話が始まった。

料理を盛って戻ってきたご主人がすぐに加わった。

彼は東京で働いている。

すぐ、震災と原発の話に。

奥さんは生まれてくる赤ちゃんのために

しばらく郷里の大連に戻るとのこと。


数年前に中国に行ったことを話すと

「今度はいつ行くのか?

大連に寄って。」

なんとも朗らかなお二人。

妙に心に残る時間だった。


先日、テレビで外国人の質問に答えていた。

”わびさび”

分かったようで分からないような・・・。

500年位経ったものにしか

当てはまらない、とのお話も。

無駄を一切取り去った簡素さ、

そして朽ち・・・。


そういえば、友人L (Polish)、

かつて一緒に京都を歩いた。

静かな一角で足を止めた

あたりに漂う静寂。

”いいね”

と言うと彼、

”どこが?

Luと同じだ。

人がいないからいつも静かだ。”

Luは彼の住むSwedenの北の街だ。

人口6万人位、

目抜き通りにも金曜の夜以外

夕方にはほとんど人影がない。


まったく通じなかった。

これを感じるのは日本人の証?