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クロイタンスEMのブログ

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ワールドカップ1次リーグの試合を見ていて思った。

あれ、結構いいな。

それまでは男子に比べて

スピード感、プレーの正確さなどで物足りなく感じていたから

あまり真面目に見ていなかった。


ところがどうだろう、

ややゆったりした感じだが

攻守とも結構果敢だ。

シュート際は女性のほうが落ち着いているように見える。

性根が座っているかのよう。

オーストラリア戦の川澄のシュートも美しく見事だった。


男子サッカーとは違うスタイルがあるようだ。

意図的なラフプレーやプレー後の小競り合いがほとんどない。
それどころか試合中にも笑顔が。


元日本代表の大竹七味さんがこんな意味のことを言っていた。

女子の場合、お金に直結するわけではない。

ただ好きだからプレーしている。


この言葉にすべてが集約されるかも知れない。

どこかさわやかで

スポーツの原点を見るかようだ。


僕のお気に入りは川澄、鮫島、・・・。

いずれもインタビューを聞いてクレバーだと思った。

鮫島はすぐ目に留まった選手だ。

男子サッカーでは決して見られない

ひょこひょことした何とも可愛い走り。

それが結構速いのだ。

週刊誌の見出しに”乙女走り”とあった。

巧みな表現に唸った。


世界を制した女子サッカー

ロンドン五輪出場

しばらく楽しませてくれそうだ。


”一羽のツバメが飛んできたからといって

春が来たと信じてはいけない”


ロスタイムのゴールで北朝鮮に勝利後の

ザッケローニ監督の言だそうだ。

サッカーにとどまらない。

その洒落た言い回しの意味するところは深い。

身につまされることも・・・。


以前、オシム監督の哲学的な物言いを楽しんだ。

一流の人の言葉は面白い。

パリ、シャルル・ド・ゴール空港(CDG)からパリ市内へは

ずっとRER (エル・ウー・エル;地方高速鉄道)だった。

市内で地下に入り、地下鉄路線と接続する。

かつてはよくパリ北駅(Gare du Nord)で乗り換えた。

最近はダンフェール・ロシュロー(Denfert-Rochereau)。


”僕は”このルートが苦手だ。

RERも地下鉄も満員でごった返していることが多い。

とても気が抜けない。

おまけに荷物をたくさん持って改札を抜けるのも厄介だ。

(ウィーンの快適さとは雲泥の差!)

実際、そこで親切ごかしに寄ってきたすりに狙われた。


昨年は帰路バスを利用したが、先日もバス。
CDGからはモンパルナス(Montparnasse)へエールフランスのシャトルバス。
これはRERより倍くらい高い。
帰りはオペラからロワシー・バス(Roissy bus)。
これはRERより若干高めな程度。
妙な緊張感を抱くこともなく快適だ。

これからはロワシー・バスになりそうだ。





かつて
悪天候のため交通機関が大幅に乱れ
成田空港に着いた時には

搭乗便の出発時間をはるかに過ぎていた。
スカンジナヴィア航空(SAS)で
コペンハーゲン経由、ウィーンへ飛ぶ。

そこで半年間ほど暮らすことになっていた。
とうてい間に合いそうもないお客さんが大勢いたから
少しは安心していたが
ほとんど最後の搭乗となった。


コペンハーゲン

現地スタッフが待ち受けていて、小走りで
ウィーン便の搭乗口に案内してくれた。
ウィーン・シュベッヒャート空港に着いたのは
もう夜もだいぶ遅くなっていた。


このとき

やはり荷物が出てこなかった。
まだ見たことのない
これから住む住居宛てに届けてもらうことに。

ウィーン西駅から徒歩5分くらい。


1日遅れで大きなスーツケースが二つ配達されてきた。
人のよさそうなおじさんがにこにこと4階まで運んでくれた。
シュベッヒャートから重いスーツケースを運ばなくて済んだのは
幸運だったし、快適だった。


というわけで

先日のパリ
甘い期待を抱いてしまった。


ところで
コペンハーゲンへのフライト
素敵なスチューワーデスさんと出会った。

彼女はとても親切だった。

ヴァカンスとは思えない寒いシーズンに
ウィーンへ向かう家族連れになにやら好奇心を抱いたらしい。
折に触れて気さくに話かけてきてくれた。
別れるときには名刺をくれた。
”コペンハーゲンに来たら連絡を”
街を案内してくれるとのこと。


コペンハーゲンはウィーンで親しくなった友人Oの本拠地。
以後、彼のお世話になったから、残念なことに

未だにその機会はない。



少し前に、スペイン、Sanitiagoに出張した。

パリ、マドリッド経由で目的地に。

この地で聖ヤコブの遺骨が見つかったとかで

巡礼の最終目的地として有名らしい。


日本からパリに飛ぶフライトは

みんなシャルル・ド・ゴール空港(CDG)に着くから

これまで一度もオルリー空港とは縁が無かったのだが

ひょんなことから、オルリーへ飛ぶことになった。


日本出発前に Santiagoからマドリッドへの帰路便がキャンセルになった。

当初のフライトはマドリッドでのパリ便への乗り換えに十分余裕があった。

接続便はエールフランスでCDG空港に着くはずだった。


代替案として航空会社が手配したのは

Santiago発、1便遅れでマドリッドからパリへはイベリア航空、

55分の接続時間だった。

マドリッドのバラハス空港はとてつもなく大きいが

同じ第4ターミナルでの接続だからOKとのことだった。

イベリア航空はオルリーへ飛ぶ。

というわけで初めてのオルリー体験となった。


さて当日 Santiago発マドリッド便の出発が25分ほど遅れた。

当然到着も。

マドリッドの第4ターミナル、着いてみれば殆ど端から端への移動、

動く歩道を息も絶え絶えに走った。

途中で搭乗口の案内表示を見るとそこからまだ10分。

他にも遅れた客がいて

パリ便は出発を遅らせて飛んだ。


オルリー、CDGに比べたら大分小さいし古かった。

かすかに心配はしていたのだが

やはりそれは現実になった。

荷物が出てこない。

荷物は自分で間に合うように走れなかった。


担当の窓口の女性はてきぱきと処理してくれた。

明朝早く配達する、とのこと。

当日、夜遅い便で荷物は到着するとのことだったから

一瞬、”パリでの配達”に躊躇した。

でもかつてのウィーンでの一件が頭を掠めて

頼むことにした。


翌日、荷物は一向に来なかった。

午後も大分過ぎた。

書類にある電話番号はマドリッドのオフィス。

とにかく、荷物はオルリーにあるからというので、取りに行った。


日本への帰国便は翌日だった。

もし、取り行けなければ

日本の住所宛に送ってもらうことになったのだが、

この話を聞いたフランスの友人いわく、

”そんなことしたら、荷物は一生着かないだろう”


日本は物事が随分きちんと行われる国と改めて感じ入った。

来日した海外の友人何人もが日本の印象を

"well oraganized"と言った。

こんなことも指しているのだろうと納得した。


今回、学んだこと。

飛行機の接続には十分時間をとることにしよう。

とくに国際便。