「何のために勉強をするの?」と子どもに聞かれたら私は「自分がしあわせに生きていくためだ」と答えます。
だけど私は子どもの頃、特に義務教育期間、漢字や計算など生活に役に立つことはあっても「しあわせに生きていくための勉強」はしてこなかったと思います。
親や先生に教えてもらったことはなかったし、自分の興味のあることをしていても、そんなことは将来なんの役にも立たないのだ、と否定される…その頃から既に重要なのは偏差値、学歴、という世の中でした。

学校の授業でしか学ぶものがなかった。
学校という閉鎖された場所しか知らなかった。
世界は広いということを見せてもらえなかった。

「義務教育での勉強や受験勉強は自分のしあわせな未来を選択するための手段だ」と言われたことがあります。
なぜその勉強をするのか、その時はわからなくても
「自分が目指す学校(会社)に行くためにはとにかく受験勉強が必要だから」
「自分のやりたくないことも我慢してやり遂げる力がないと世の中渡っていけないから」
そして、それを乗り越えた先に自己選択の自由がある、だから受験勉強はその未来を手に入れるための「手段」なのだ、と。
それは本当に何回も何回も、何のために勉強するのかを聞くたびに、よく言われました。
私はずっとその言葉に違和感を感じていました。
今でも大人はそう言います。

だけど、私がしあわせに生きていくために知りたかったのは「自己肯定感の大切さ」
「生まれてきて良かった」
「私は私でいいんだ」
「私は愛されている」
という実感。
これだけで良かった。
大人になって改めてそう思います。

自己肯定感の大切さを大人は誰も教えてはくれなかった。
「自己肯定感」という言葉すら聞いたことがなかった。
自己肯定感の大切さを知らなかった私は、子育てが苦しかったし、娘のことを傷つけた。
そして自分自身も傷ついた。
自己肯定感の大切さを知ったのは娘も私もボロボロに傷ついてどん底に落ちてからだった。

私に自己肯定感という言葉を教えてくれたのは学校でも親でもなく「子育てハッピーアドバイス」という本でした。
子どもの時ではなく、大人になってからでもなく、母親になってから…苦しくて手にしたこの本の中で知りました。

もっと早く知りたかった、とは思うけれど、生きている間に知れたことは私の最大のしあわせだとも思っています。
義務教育、受験勉強という、自己選択のできない勉強を無理やり押し付けられたり、それができる、できないだけで評価されたり…そうして子どもたちは知らず知らず自己肯定感を傷つけられている。
その先にどんな未来が待っているっていうんだろう。
そんなの手段でもなんでもない。

大人にそんなことを押し付けられなくても、自己肯定感が育まれた子どもは、自分のしあわせな人生の選択もそのために学びたいことも自己決定できるのです。
自ら本当の勉強をするのです。
「子育てハッピーアドバイス 明橋大二著 イラスト太田知子」より

みんなひとりひとり違う。
その子の感じるしあわせもひとりひとり違う。
だから学びたいこともひとりひとり違うのに、同じことを教えてそれができるできないで評価されることは子どもの自己肯定感を傷つけ、しあわせな未来を見えなくすることだと思うのです。

子どもの頃に教えてほしいのは「自己肯定感の大切さ」
「私もあなたも大切な存在なんだ」
ということ。
しあわせな人生を手に入れるために必要なのは、ただひとつ、それだけ。

3人の娘の受験を経験し、学校教育に接して痛感しているのは今の子どもたちの未来への不安です。
受験勉強そのものが悪いというわけではなく、受験勉強によって子どもたちの自己肯定感が傷つけられている現実への危機感です。

どれだけ私がここで「子どものしあわせな人生に必要なのは受験勉強や偏差値の評価よりも自己肯定感を育むことだ」と主張しても、過熱した世の中の「受験戦争」に消されてしまう。
それは何故だろう。
それを認めたくない人がいるから?
学歴を問われない社会になると存在価値を失う人がいるから?
受験ビジネスの邪魔だから?

それでも私は主張します。
しあわせな人生に必要なものを持たずに生きてきた私は、ようやくそれを手に入れて知ったからです。
たとえ世の中が変わらなくても自分の娘の自己肯定感はこれからも大切に育てていきます。
誰にも傷つけさせないし、誰も傷つけたりしません。
子育てをしているしていないに関係なく、生きづらさを抱えている人たちに読んでほしい本です。
自分の子どもの頃を思い出し、自己肯定感について考えさせられると思います。