なんでこの場面でそういうこと言うの?
なんであんな言い方できるの?
あれは本気じゃなかったの?
まさかの社交辞令?
なんでそんなに淡々としてるの?
何にそんなに盛り上がってるの?
何に感動するの?
涙を流すことってないの?
自分さえ良ければいいの?
友だちの定義って何?

色んな場面で、周りの人との温度差を感じます。
それが生まれつきの
「感じ方の違い」
「感じ方の差」
だとわかるまでは人間関係がしんどかった。
でも、ほとんどの人がそこまで深く感じないのだとわかってからは納得できた、というか、自分自身が楽になりました。

温度差を感じても「そうなんだ」と。
ある意味開き直れた、諦めた、というか。
「そんなものなんだ」と。

自分と同じくらい熱いものを相手にも求めたりはしない。
私は冷めているようで、本当は熱い。
ほとんどの人は熱く盛り上がっているようで本当はそうでもない。
私ほど熱くはない。
誰かと付き合っていくときには、温度差がしんどいから、自分を冷ましてみる。
敢えて「冷めた人」「冷たい人」になる。
芯はいつも熱々だけれど…
温度差の理由がわかってから、相手によって表面温度を変えられるようになった私。

でも娘に対する夫婦の温度だけは同じでありたい。
父であり母である私たちの、娘に対する温度だけは冷ましたくない。
どちらかが冷めていたら、その中で温かさを保つのには、相当努力がいると思うから。
子ども時代はあっという間に過ぎるから、せめてその間は冷めないで、二人で温かさを保ちたいと思っています。