「クラスのみんなに話したいことなんかない」
…そりゃそうだ。
新しいクラスになって1か月。
「あったかいクラスをめざして修学旅行の夜にクラスミーティングをします!」
「お互いのことをもっと知り合うために、本音で自分の気持ちを発表し合おう!」
…拷問だ。
もっとよく知り合うために本音をさらけ出す?
そんなことできる?
そもそも、その子のこと「もっと知りたい!」とか、自分のこと「もっと知って!」とか思っていないのに、本音とかさらけ出せる?
「知り合うため」の前に「知り合いたい」って気持ちがあるはず。
それがないのに自分をさらけ出すのは無理じゃないですか?
それに、クラスって何人いるの?
そんな大勢の前で自分の本音をさらけ出せる?
大勢の前でただ本を読むだけでも心臓バクバクなのに、自分の本音とかさらけ出せるわけない。
ってかさらけ出したくない。
もしかしたら一緒に過ごしていく内に、クラスの中にも「この子になら自分をさらけ出したい」って思える子が何人かいるかもしれない。
それでもたぶん、いたとしても1人か2人。
そんな出会って1か月で、誰も彼もに自分をさらけ出せるかーーー!
ってのが、今の娘の「本音」だと思います。
出会ってすぐに、誰も彼もに、オープンな人もいるかもしれません。
でも、少なくとも、私は絶対無理です。
だってこれだけ生きてきても、信用して本音をさらけ出せる人はたった1人だけ。
今までたった1人だけしか出会えなかったから。
子どもの頃、学校ってなんなんだろう?って感じていた…その理由が今、娘たちの学校生活を通してわかった気がします。
誰もこのシステムに、このルールに、疑問を持たないのかな。
嫌だ!って思わないのかな。
嫌だ!って思ってもそれは自分のワガママだ、って思って、言えずに我慢するのかな。
教育の現場で「自己肯定感」とか「HSC」とか、きちんと理解して意識している大人はどれくらいいるのでしょうか。
既存のシステムを更新するのか?
改革するのか?
子どもたちに必要なのか?
五感をフル回転させて考えてほしい。
子どもの訴えはただのワガママなんかじゃない。
自分に必要なものは、子どもが一番よくわかっています。
子どもの気持ちにちゃんと耳を傾けて、心で聴いてください。
そんな人になら本音をさらけ出せるかもしれません。
どんな他愛ない話でも、きちんと人の話を聴く…別に本音をさらけ出さなくても、敢えてクラスミーティングをしなくても、お喋りに耳を傾けるだけであったかいクラスになると思います。
「クラスミーティングを成功させ、本当の仲間になろう!」
クラスミーティング用に当たり障りのない話をまとめている娘には、無理。
夜中のガールズトークに花咲かして。
クラスミーティングなんかに憂鬱にならずに、楽しい修学旅行にしておいで。


