子どもの頃の甘えを受け止めてもらうことはとても重要な成長のプロセスなんだなぁと実感しています。

甘えを受け止めてもらえると
「自分は愛されている」
「自分は大切な存在だ」
と思える。
自分を大切にしてもらえていると感じられるから、他の人を大切にできる。
安心感をもらえると、人を信じることができるし、いろんなことに挑戦できる。
心が成長して、自立できる。

子どもの頃、そうやって甘えられる時にちゃんと甘えておかなければ、重たい鎧と武器を身に付けなければ歩けなくなってしまう…。
いつかその満たされなかった甘えは形を変えて爆発してしまう…。

それは男の子の方が多いと感じます。
そして鎧と武器の重さに耐えかねて、爆発してしまうのは自分がパパになってから。

男の子だから
「甘えたらダメ」
「強くなりなさい」
「泣いたらダメ」
「女の子を守りなさい」
「ママに優しくしなさい」
「弟妹に譲ってあげなさい」
「ケンカに負けたらダメ」
「ナメられたらダメ」
「我慢しなさい」
「いい学校に行っていい会社に就職しなさい」
「一家の大黒柱となってしっかり家族を養いなさい」etc. 

弱い自分を見せられない。
できないなんて言えない。
失敗ができない。
いつもかっこよくいなければいけない。
女の子やママや弟や妹に「助けて」なんて言えない。

すごいプレッシャー。
書いているだけで息が詰まりそう。

女の子だったら
「まあいいんじゃないのー」
「お嫁に行くからいいんじゃないのー」
「男の子に甘えとけばなんとかしてくれるんじゃないのー」etc. 

そんな風に育てられていた時代。
私たちが子どもの頃。

今、そのツケが回ってきている気がします。

子どもの頃甘えられずに過ごしてきた男の子たち。
泣くことや失敗が許されなかった男の子たち。
その子たちがパパになって、自分の子どもに優しくできるのかなー。
子どもの頃の自分が癒されていないのに、自分の子どもに優しくなんかできないよね。

ママに甘える子どもたちを見て、ママに甘えを受け止めてもらっている子どもたちを見て、記憶の奥に蓋をしていた子どもの頃の自分が目覚めて「なんなんだよー!!」って叫んでいるんじゃないのかなー。

ベタベタ甘えたかったわけじゃない、せめてありのままの自分で居たかった。
「失敗してもいいんだよ」
「できなくて当たり前だよ」
「泣いたっていいんだよ」
「我慢しなくていいんだよ」
「そんなに頑張らなくてもいいんだよ」
「パパとママはいつでもあなたの味方だよ」
って言ってほしかった。
外ではかっこいい男の子を頑張るから、家ではダメダメな甘えん坊の男の子で過ごしたかった。
それを許してほしかった。

ただそれだけなのにね…。

小さいときからひとりで頑張ってきて
失敗したら怒られて
いつももっと上を求められて

「男の子」じゃなくて
「子ども」だったのにね
しんどかったよね

もういいよ
強いパパより
かっこいいパパより
どんくさくて
カッコ悪くて
冗談言って笑えるパパがいい

パパもその方が楽でしょ?

私の周りにたくさんいる
重たい鎧を被って武器を背負って
自分の家族すら威嚇してまだ戦っている「男の子」たちへ

この先何年その重たい鎧を被って武器を背負って歩くの?
もう充分戦ったから、もう休んでも大丈夫
鎧を剥がしても
武器を降ろしても
誰も攻めてこないから大丈夫だよ
ママも子どもたちも、あなたの味方だよ
「背中にはやさしさいっぱいしょって歩こ」