以前、紹介した本郷和人氏の著書『名将の言葉90』には、まだまだ心に響く言葉がある。
前回では漏れてしまったため、再び、ここで紹介していく。
今回は私自身の今までの生き方を反省する意味でも胸に刺さる言葉が多く含まれる。
今回は、5人の武将の言葉に絞って紹介する。
※ ⇨は、私の感想を述べています。
まずは、福島正則の言葉。
彼は豪快な性格で有名。
賤ヶ岳の7本槍や酒癖の悪さ
は、よく知られている逸話。
いわゆる、単純な男とも思われがちかもしれない。
彼の言葉
『我は弓なり、乱世の用なり。いま治世なれば、川中島の土蔵に入れらるるなり。』(名将言行録)
背景)些細な落ち度を口実に、広島50万石から信濃川中島4万5千石に左遷された。これまで功績を挙げてきた殿(正則)がなぜ?と家臣が悔しがったことに対する正則の言葉。
訳)私は弓である。乱世には役に立つ。たが、今は平和になったので、その弓は川中島の土蔵に入れられるのだ
。
⇒決して、福島正則は単純な男でも、戦(いくさ)バカでもない。自分自身をよく知り、冷静に自己を分析できる武将
。むしろ、酒癖が悪いというエピソードは、より人間らしく、私には非常に親近感が持てる
。
二人目は山名宗全。又の名を山名持豊(もちとよ)。
応仁の乱の西軍の大将としても有名。
彼の言葉
『およそ例という文字をば、向後は時とふ文字にかへて、お心得あるべし』(塵塚物語)
背景)応仁の乱の頃、西軍の大将として朝廷の大臣と会話する。大臣は何かにつけて、かつて(例)は、昔は、と言う。貴族の行動の指針は古代からずっと、過去重視、先例主義である。それでは、乱世の世を生き抜けない。価値の転換が説かれている
。
訳)山名は、これから(向後)は、昔ではなく、いま(時)という字を心がけるがよろしい。と言った。
⇨まさに、今の日本にもピッタリとあてはまる言葉ではないだろうか。上記に示された朝廷の大臣のような老人だけにはなりたくない、とつくづく思う。
3人目は、鍋島直茂。
恥ずかしながら、彼のことを全く知らなかった。
少し調べてみると、九州地方の戦国武将、主家の龍造寺氏を支えてきた名参謀とのこと。
彼の言葉。
『時節到来と見候はば、潔く家を崩すべしと覚悟つかまつりべし。』(直茂様御教訓ヶ条覚書)
背景)人間の努力ははかなくて、ときの流れにはあらがえない、と。激しい生存競争をくぐり抜けた勝者ゆえの言葉。
訳)身分の上下に関わらず、ときが至れば家は滅びるもの。その時に滅ぼしてはならないと無理をすれば、汚く滅びることになる。その時が来たと判断したら、思い切って滅ぼすのが良い。そうすれば、生き残ることもあるものだ。
⇒当時は、『家を守ること』は命を守ることよりも大事と思われていただろう。そのような時代に、このような言葉を残した鍋島直茂は本当に先見の明がある。
今の時代で言えば、中小企業の経営者や個人事業主にとって、このような柔軟な考えを持つことが大事といえるのではないだろうか。
4人は、朝倉宗滴。
彼のことも、3人目同様に全く知らなかった。
越前の戦国武将、朝倉3代の当主を支えた家臣。
彼の言葉。
『武者は犬ともいえ、畜生ともいえ、勝つことが本にて候こと。』(朝倉宗滴話記)
背景)北条家の2代目北条氏綱は「義を守っての滅亡と義を捨てての栄光とは、天地ほどの違いがある。義を守ることが大切だ。」と述べる。いわゆる、「タテマエ」といえる。
訳)犬と蔑まれようとも、畜生と罵られようとも、勝たねばならぬ。負けた者には何も残らない
。勝ってはじめて、立派な主張にせよ、言い訳にせよ、もの申す資格が生じる。
⇨カッコいいことはいくらでも言える。しかし、朝倉氏の言葉は本質を突いており、非常に変親近感が持てる言葉だ
。
最後は、足利尊氏。
あまりにも有名な歴史上の人物のため、紹介は割愛する。
彼の言葉。
『なおなお、遁世したく候。』(清水寺への願文)
背景)中世の時代は、簡単に「出家」する。なぜなら、出家しても、世俗のことに関与してよいからだ。しかし、「遁世」は違う。本当に俗世を捨てること。尊氏は世捨て人になりたいと願う。この願文を書いた日時は、後醍醐天皇に代えて、光明天皇を擁立したわずが2日後のこと。順風満帆、さあこれから私(尊氏)の時代だ、という時の言葉。
⇨著者である本郷氏は、この時の尊氏の気持ちが分からないと書かれている。私なら、イケイケゴーゴーと間違いなく調子に乗っていたはず
。
しかし、尊氏の根本的な考えは、お金持ちや権力を手に入れることを目的としていなかったのだろう。むしろ、この言葉のように、私心がないからこそ、成功したのではないだろうか
。
5人の武将の言葉を取り上げてきたが、どの言葉も分かりやすくて、今の時代にも当てはまるものばかり。
私も今までに数多くの失敗をしてきた。
しかし、これらの言葉が胸に響き、救われた気持ちになる。
謙虚な気持ちを忘れずに、生きていこうと心に誓う。