水曜日にライブってなわけで今日はバンド練習でした ちなみに明日も
練習は概ね問題なし
ドラムの家に泊まる予定やったのに、カラオケの最中に国法研の先輩からメール・・・弁論の修正原稿を明日までにデータで送るようにとのこと
オワタ
仕方なく帰宅して今作成中
噂どおり国法研はなかなかキツいね
ところで練習に行く直前、関西大学の四回生の方から就活セミナーの案内のメッセージがとどいた
就活そのものにあまり意識はなく(将来への意識はあるけど)、それよりは今は教養を身につけたいんでその旨を送ると、彼女曰わく『就職難で早くから真剣に準備する人が多い中、土台となる知識を得たいという人がいるとは』とのこと
よくわかんないな
教養が実学的でないということか?
そもそも実際的でない学問なんてあり得るのか?
ちょっと前に『教養主義の衰退』って本が話題になってたけど、やっぱり今は教養軽視の風潮ってあると思う
丸山真男なんかはずっと前から日本における学問の蛸壺化(分野間を埋める共通の前提が存在しない)を指摘してたけど、もはや蛸壺化ですらない 蛸壺が次から次へと閉じていって学問がもはや懐を潤す手段になってる
もっといえば学問と知性自体への軽視すら感じる
でも今ほど物事を多面的に眺めることが求められてる時代もないんちゃう? いったい誰が環境問題、食糧問題、医療問題を一つの学問から語りうる?
本当に社会に必要とされてるのは小手先の面接技術を持った人間ではなく深い洞察力を持った人間であって、その洞察を可能とするのは深い教養なんじゃないすかね?